西須賀町とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 地名 > 西須賀町の意味・解説 

西須賀町

読み方:ニシズカチョウ(nishizukachou)

所在 徳島県徳島市

地名辞典では2006年8月時点の情報を掲載しています。

〒770-8024  徳島県徳島市西須賀町

西須賀町

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/05/26 01:48 UTC 版)

日本 > 徳島県 > 徳島市 > 西須賀町
西須賀町
JR 地蔵橋駅
日本
都道府県 徳島県
市町村 徳島市
地区 勝占地区
人口
2012年(平成24年)4月
 • 合計 2,735人
等時帯 UTC+9 (JST)
郵便番号
770-8024

西須賀町(にしずかちょう)は、徳島県徳島市町名勝占地区に属している。郵便番号は〒770-8024。徳島市の調査による2012年4月現在の人口は2,735人、世帯数は1,138世帯。

地理

徳島市の中央部に位置。北は大谷町三軒屋町、西は北山町、東は大松町、南は勝占町と接する。

元々は農業地域であったが、急激に新興住宅地化・市街地化が進む。ほぼ南北にJR牟岐線徳島県道136号宮倉徳島線が通り、JR地蔵橋駅がある。

線路の西はまだ水田が多いが、東は西須賀団地・マンション・アパートなど多くの住宅が立ち並ぶようになり、駅前には商店街、県道沿いには商店・病院・スーパーなどができている。

河川

小字

  • 囲入
  • 葛島
  • 喜右衛門開
  • 下中須
  • 鶴島
  • 中開
  • 西開
  • 東開
  • 又新堤

歴史

西須加村

江戸時代から明治22年にかけて勝浦郡に存在した村名。徳島藩領。明治4年に徳島県、同年に名東県、明治9年に高知県を経て、明治13年に再び徳島県に属する。

明治7年に正福寺に西須賀小学校を創立。明治16年には大松小学校と合併して松賀小学校と改称、大松村上野神に移転した。明治22年に勝占村の大字となる。

西須賀

明治22年から昭和27年にかけて存在した大字名。はじめは勝占村、昭和26年からは徳島市の大字となる。

大正2年に地蔵橋駅が設置された。大正7年に西須賀郵便局が開設。昭和2年に勝占村信用組合、昭和23年に勝占村農協が設立された。大正元年に中須に西須賀家畜市場が設置され、毎月8日に開場していた。

現在

昭和27年より現在の徳島市の町名となる。もとは徳島市西須賀・大谷方上の各一部。昭和39年に西須賀団地が建設され、昭和40年には無人電話交換局が設置された。

施設

交通

鉄道

道路

国道
都道府県道

路線バス

徳島バス
  • 西須賀団地前
  • 地蔵橋

参考文献

外部リンク



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「西須賀町」の関連用語

西須賀町のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



西須賀町のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
日外アソシエーツ株式会社日外アソシエーツ株式会社
Copyright (C) 1994- Nichigai Associates, Inc., All rights reserved.
日本郵政株式会社日本郵政株式会社
Copyright (C) 2025 JAPAN POST SERVICE Co.,Ltd. All Rights Reserved.
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの西須賀町 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS