蛍
『うつほ物語』「内侍のかみ」 7月の相撲の節会後の夜宴に、朱雀帝が俊蔭女を召す。俊蔭女は参内し琴を奏して、尚侍(ないしのかみ)に任ぜられる。以前から俊蔭女に心を寄せていた帝は、何とかして彼女の美しい姿を見たいと思う。帝は蛍を直衣の袖に隠し、几帳の陰にいる俊蔭女の顔を、蛍の光で照らし見る。
『源氏物語』「蛍」 五月雨の頃。兵部卿宮(=光源氏の異母弟)が玉鬘を訪れ、几帳ごしに思いを訴える。夜になって、源氏が多くの蛍を几帳の中に放つ。その光で、兵部卿宮は玉鬘の姿をほのかに見る。
『蒙求』194所引『晋書』列伝53 晋の車胤の家は貧しく、いつも油を買うわけにはいかなかった。車胤は夏には絹の袋に数十の蛍を入れ、その光で書物を照らして勉強した。
『狗張子』(釈了意)巻1-5「島村蟹のこと」 治承の昔、源三位頼政が謀反を起こし、宇治川を隔てて源平両軍が戦った。討たれた武者たちの亡魂は蛍となり、今もなお4月・5月には、平等院の前に数千万の蛍が集まり、光を争って戦う。
『古本説話集』上-6 和泉式部は、丹後守保昌との関係が終わった頃、貴船神社に詣でた。御手洗河に蛍の飛ぶのを見て、彼女は「物思へば沢の蛍も我が身よりあくがれ出づる魂かとぞ見る」の歌を詠んだ→〔歌〕12。
『細雪』(谷崎潤一郎)下巻の4 雪子の見合いのため、幸子は娘悦子、妹妙子とともに大垣まで出かけた。彼女たちは蛍狩りに招かれたが、その夜、床の中で幸子は、自分の魂もあくがれ出して、蛍の群れに交じって飛ぶように思った。
『蛍』(小泉八雲『骨董』) 冬の夜、松江の若い士族が、自宅前の小川に蛍が1匹飛んでいるのを見る。士族は、雪の降る冬に蛍が飛ぶことを怪しみ、杖で打つ。蛍は隣屋敷の庭へ逃げこむ。翌朝、士族が隣家を訪問すると、彼の許婚である娘が、「昨夜、わたくしは夢の中で空を飛び、あなたに出会って杖で打たれました」と語った。
『伊勢物語』第45段 昔、男がいた。ある家の娘がこの男に思いを寄せた。娘は告白できぬまま病気になって死ぬ間際に、男への恋心を打ち明けた。親が泣く泣く知らせたので男はやって来たが、娘は死んでしまった。男は娘の家で服喪した。時は6月(旧暦)の末日で、夜になって、蛍が高く飛んだ。男は「ゆく蛍雲の上までいぬべくは秋風吹くと雁に告げこせ」と詠歌した〔*男は蛍を、娘の魂のように思ったのであろう〕。
『うたかたの記』(森鴎外) 6月13日の夕方。画工の巨勢(こせ)と美少女マリイが、スタルンベルヒの湖で舟遊びをする。そこへ狂王ルードヴィヒ2世が現れたのを見てマリイは失神し(*→〔母と娘〕3)、舟から落ちて水死する。折しも、芦間から岸辺へ高く飛び行く蛍があり、マリイの魂が抜け出たのか、と思われた。
『感想』(小林秀雄)1 母が死んで数日後の夕方、「私(小林秀雄)」が家の門を出ると、行く手に大きな蛍が1匹飛んでいた。おっかさんは今は蛍になっている、と「私」は思った。「私」は蛍の飛ぶ後を歩き、曲がり角の手前で蛍は見えなくなった。男の子が2人、「私」を追い越して踏切りの方へ駈けて行った。彼らは「本当だ。火の玉が飛んで行ったんだ」と、踏切番に訴えていた。
『サザエさん』(長谷川町子)朝日文庫版・第36巻131ページ ワカメもタラちゃんも「蛍を見たことがない」と言うので、マスオは、蛍がどんなものか教えようと、紙を切って大きな羽根を2枚作る。その羽根を波平が腰につけて、四つん這いになる。マスオが電灯で波平の禿げ頭を照らし、「こっちがお尻なんだ」と説明する。ワカメもタラちゃんも「わかんなーい」と言う。
★6.星が蛍になった。
星と蛍の起源(ルーマニアの民話) 羊飼いの娘を恋した天使が空の星になったが(*→〔天使〕1b)、火花を発して他の星々に迷惑をかけるので、神様はその星を地上へ投げつけた。星は砕けて火の粉になり、火の粉の1つ1つは、羊飼いの娘がいる野原に飛び散って、蛍になった。
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