自称名
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/27 07:49 UTC 版)
今日このロマンス語に対してモサラベ語という名称を用いているが、この言語自体による名称は muzarab あるいは mozárabe ではなく、latino(ラティーノ)であった。モサラベ自身は、自分たちの固有言語をモサラベの言語と呼ぶことはなく、ラテン語を意味する latino と呼び、また自分たちのことも mozárabes とは呼ばず、latinos(ロマンス語を話す人の意で)と呼んでいた。 19世紀以前、スペインの歴史家は中世のイベリア半島でイスラム教徒支配の下で暮らしていたキリスト教徒と彼らの言語について「モサラベ」という用語を使っていなかった。この言語に対するもっと普通のアラビア語での呼称は、アル=アンダルスのロマンス語を意味する、al-ajamiya(「奇妙な」、「外国の」の意)であった。「モサラベ」あるいは「アハミーヤ」という語は、他称で、この言語の自称ではない。 ロジャー・ライトはその著作 Late Latin and early Romance in Spain and caroligian France(西訳版Latín tardío y romance temprano en España y Francia carolingia 、スペインとカロリング朝フランスにおける後期ラテン語と初期ロマンス語)の中で、フランスとイベリア半島での初期ロマンス諸語の変遷について次のように述べている: イスラム教徒支配下のスペインでの初期ロマンス語は、その使用者によって latino または latinus として認識されていた。この語は混同されやすく、西ゴート王国の学者たちはギリシャ語やヘブライ語と区別するためにその語を用い、フランシスコ・ハビエル・シモネ(1888: XXIII-IV, XXXV-VII)はイスラム支配下のスペインにおいてその土地本来のアラビア語ではないということを表すために使われたという説を打ち立てた。(como el árabe Al-Lathinī). また同書の中で、著者は次のようにも述べている: アラビア語に対して、ロマンス語の意味で「ラテン語」という語を使用する例は、宗教的境界の北側でも見られた。 このことは latino(ラテン語)という語が、そこで当時話されていたロマンス語を意味していたということを表しており、数世紀経たラテン語の変化した形式が使われていたということを意味している。この時代のイベリア半島のロマンス諸語の話し手には、彼らの本来の言葉は「ラテン語」だと考えられていた。そして古典ラテン語は教養ある言語とみなされており、異なる言語とはみなされていなかったということである。 この時代以前にはロマンス語の変種、あるいは方言は単に「ラテン語」と呼ばれていた。それはもともとのラテン語との差異がそれほど大きいものではなかったからであり、ラテン語がロマンス語へと変化していった過程は、暫時的なものであったからであり、8世紀、9世紀に話されていたロマンス語は、5世紀から7世紀の後期ラテン語とそれほど隔たっていなかったということで、後期ラテン語から中世のロマンス語の間の過渡的な変種であったのだといえる。12世紀、13世紀にかけてこの話されていたロマンス語に名前が付けられている:例えば、アラゴンでは aragonés、カスティーリャでは castillano、カタルーニャでは catalá、フランスでは français など。つまり、この時期にそれぞれの話者が自分たちの言語をラテン語のバリエーションではなく、自分たち固有の言語と認識するに至ったのである。またこの事象は、補強と差異を際立たせるために、各政治的実体において話される言葉に対して異なった名称を与えることで、中世の新しい政治実体の強化に結び付けられた。したがって、“latino”(ラテン語)という名称はモサラベたちの話すロマンス語の古風さの反映ということができる。 また、この古めかしいロマンス語についての重要な問題は、イベリア半島に居住していたユダヤ人が彼らの話すロマンス語(ユダヤ・スペイン語)にラディーノ語という名称を、そしてアルプス地域のロマンス語話者がその言語にラディン語という名称を付与したということである。 イベリア半島:ladino(< LATINO)という語は「ユダヤ人によって書かれたスペイン語」という限定的な言語の意味を持って生き続けた。これは、イベリア半島の中央部から南部にかけて暮らしていた、セファルディーと呼ばれたユダヤ人が彼らの日常的な言語を ladino と呼んだからである。この言葉はこの地域で話されているロマンス語を意味していたからである(今日この ladino という語はより限定的にスペイン語、特にセファルディーの子孫によって話される、古風なスペイン語の変種を意味している)。 同様にアルプス地域においても、別のロマンス語のひとつであるラディン語(スイス東部のグラウビュンデン州の2つの谷とイタリア北部のトレンティーノ=アルト・アディジェ/南ティロル州とヴェネト州で話されている)の話者は、彼ら自身の言葉で「ラテン語」を意味するラディン語と呼んでいるのである。中世前期においては様々な地域で話されるロマンス語を指していたのである。
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