簒奪の野心
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石虎は自らの勲功を当代随一と自認していたので、石勒が即位した後は必ずや大単于を任せられるだろうと語っていた。だが、大単于を授けられたのは石勒の子である石弘であった。石虎はこれを深く怨み、子の石邃へ「主上(石勒)が襄国を都として以来、恭敬にして礼を有し、その指示に従ってきた。我が身を矢石に晒すこと20年余りに及び、南は劉岳を捕らえ、北は索頭を敗走させ、東は斉・魯の地を平らげ、西は秦・雍の地を定め、実に13州を攻め滅ぼした。大趙の業を成したのはこの我である。大単于の望は真に我に在るべきであるのに、青二才の婢児(下女の子供)に授けられてしまった。いつもこの事を思い、寝食する事も出来なくなった。主上が崩御した後を待つのだ。あの種(石勒の子孫)は留めるには足りぬ」と言い放った。 330年9月、中書令徐光は石勒へ「皇太子(石弘)は仁孝温恭ですが中山王(石虎)は雄暴多詐であり、もし一旦陛下に不慮のことがあれば、社稷の危機を招くのではないかと憂慮しております。中山(石虎)の威権を少しずつ奪い、太子を早く朝政に参画させられますように」と進言すると、石勒は内心同意したが従わなかった。 ある時、右僕射程遐は石勒へ「中山王の勇武権智は群臣のうちに及ぶ者がありません。ですが、その振る舞いを観ますと陛下以外の者は皆蔑んでおります。専征の任を担って久しく、威は内外に振るっておりますが、性格は不仁で残忍無頼です。その諸子も皆成長して兵権を預かっております。陛下の下にいる間は二心は抱かないでしょうが、その心中は怏怏としており、おそらく少主(石弘)の臣になることを良しとしないでしょう。どうか早くこれを除き、大計を図られますように」と進言したが、石勒は「今、天下はまだ平定されておらず、兵難も未だやんでいない。大雅(石弘)も幼いことから強い輔佐が必要である。中山は佐命の功臣であり、魯衛に等しい存在であるぞ(魯は周公旦の封国。衛は弟の康叔の封国。両者とも善政を布き、その統治ぶりも兄弟の様であると評された)。やがては伊霍(伊尹・霍光)の任務を委ねようとしている。どうして卿の言に従えようか。卿が恐れているのは、幼主を補佐する際に実権を独占出来なくなることであろう。卿も顧命には参加させる。そのようなことを心配するでない」と返した。程遐は涙を流し「臣は公事について上奏しておりますのに、陛下は私事をもってこれを拒まれます。何故忠臣の必尽の義を、明主が襟を開いて聞き入れないのですか。中山は皇太后に養育されたとはいっても陛下の近親者ではなく、親族の義を期待してはなりません。陛下の神規に従って鷹犬の功を建てるには至りましたが、陛下はその父子に対して恩栄をもって、もう充分に酬いておられます。魏は司馬懿父子を任用したが為に、遂に国運を握られてしまいました。これを観て中山がどうして将来に渡って有益な存在であると言えるでしょうか。臣は幸いにして東宮を任されるようになりましたが、もし臣が陛下に言を尽くさなければ誰が言うことが出来るでしょうか。陛下がもし中山を除かなければ、宗廟は必ずや絶える事でしょう」と述べたが、石勒は聞き入れなかった。 徐光もまた機会を得て石勒へ「中山王は陛下から神略を授けられ、天下では皆その英武は陛下に次ぐものだと言っておりますが、残虐多姦であって利を見て義を忘れるという性質からして伊・霍の忠はありません。彼ら父子の爵位が重くなれば王位を傾ける勢いとなりかねません。彼の様子を見ますと、常に不満の心を抱いているのが良く分かります。最近でも東宮の側で宴を行うなど、皇太子を軽んじる様子がありました。陛下はこれを許容しておられますが、もし陛下の御代が終わりになりましたら、臣は宗廟が必ずや荒れ果てることになると恐れております。これこそ心腹の重疾であって陛下はこれを図られるべきです」と進言した。石勒は黙然としてしまい、ついに従うことはなかった。 332年、石勒は石弘に尚書の奏事の決済を命じると、中常侍厳震にはこれを監督させ、その可否を確認させた。これにより、厳震は実質的に征伐・刑断の大事を預かるようになり、その威権は大いに高まって宰相をも凌ぐ程となった。その一方で、石虎は一時の権勢を失い、彼の下を訪れるものは次第に減っていった。これにより、石虎の不満はさらに募った。 石勒は石虎が不満を抱いていると聞いたので、鄴へ赴いて石虎の邸宅へと向かった。そして、石虎へ向かって「汝の功績に並ぶ者はいないのだ。宮殿が完成したら、次は王(石虎)の邸第を築くので、卑小な事に囚われることのないように」と述べると、石虎は冠を脱いで拝謝した。すると石勒は「我は王と共に天下を取ろうとしているのに、謝する必要など無い!」と声を掛けた。
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