独立リーグ・栃木時代
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2018年1月には、NPBにこだわらず国内の独立リーグでのプレーも視野に入れていると報じられた。四国アイランドリーグplus・香川オリーブガイナーズの監督を務めていた西田真二は、これに応じて村田にオファーを出したが、縁はなかったとウェブ連載コラムで記している。 3月5日、ルートインBCリーグ・栃木ゴールデンブレーブスに入団が決定した。背番号はNPB所属時代と変わらず「25」を引き続き着用する。7月末までのNPB復帰を目指す方針であると報じられた。栃木球団を選んだ理由は、栃木県は妻の地元であり、大学時代の恩師である鈴木博識の出身地ということで、自分と縁のある場所であったからと明かしている。 公式戦には4月7日の開幕戦から出場するも、右足ふともも裏を負傷し4月中旬から約2週間欠場した。5月11日から13日に行われた、古巣巨人の三軍との交流戦では「男・村田祭り」と銘打ち特別企画が開催された他、5月12日の試合では移籍第1号となる逆転本塁打を放ち勝利に貢献した。ケガから回復後は、リーグの6月月間MVP野手部門を受賞するなど好調を維持していたが、NPBの契約期限である7月31日までにNPB球団からの声はかからなかった。8月1日に記者会見を開き、けじめとして同年いっぱいはブレーブスでプレイするとし、翌年の現役続行については「難しい」としつつも、シーズン途中と言うことで「その二文字(引退)は言いたくない」と明言しなかった。 9月9日、シーズン最終戦である群馬ダイヤモンドペガサス戦終了後のセレモニーで、正式に現役引退を発表し、「心からBCリーグに来て1年間、野球ができてよかったと思っています。今日をもって私は現役を引退します」と挨拶。横浜時代の監督の大矢明彦が駆け付け花束贈呈とともに労いの言葉を贈られると村田は涙を見せていた。この年、リーグベストナイン(三塁手)に選出された。 9月28日にはNPB時代の古巣、巨人対DeNA戦(東京ドーム)の試合前に引退セレモニーが行われた。自身の背番号「25」を受け継いだDeNAの筒香嘉智と巨人の岡本和真から花束を贈られ、両チームのファンや関係者に感謝の言葉を述べた。試合後には場内を一周し、巨人時代と横浜時代の応援歌が鳴り響いた。最後は自身が長らく守っていた三塁ベース付近で両チームの選手に胴上げされ、5度宙に舞った。
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独立リーグ・栃木時代
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/11 01:35 UTC 版)
2020年も台湾で選手として活動する意向だったが、新型コロナウイルスの影響で台湾に渡ることができず、九州を拠点に独自でトレーニングを重ねた。 8月24日から4日間、ルートインBCリーグ・栃木ゴールデンブレーブスの練習に参加。これはソフトバンク時代のコーチで、栃木の母体であるエイジェックに所属する五十嵐章人の誘いを受けてのものだった。初日の練習後、取材に対して今後の去就について「NPBは考えていない」「独立か台湾でやろうと思っている」と明言。栃木入団については「選択肢はある。4日間で決められたら決めたい」と回答していたが、練習期間終了後の28日、栃木と選手契約を結ぶことが球団より発表された(契約開始は9月1日)。背番号は52。9月7日に行われた会見では同席した西岡剛に「川﨑さんもプロ(NPB)を目指すんですよね」と話を振られ、「僕もプロを目指しますよ。台湾のね」と返している。 9月13日の対茨城アストロプラネッツ戦(小山運動公園野球場)にて2番・三塁手でBCリーグ公式戦デビュー。第1打席、大場駿太からの初球を右翼への本塁打にし、5回の守備から交代したもののこれが決勝点になり、ヒーローインタビューでは「人生一のホームランが栃木で打てて良かった」と語った。 2021年1月に公式Instagramアカウント、3月に公式YouTubeチャンネル「宗チャンネル」を開設。現役選手としてプレーしつつ、メディア出演も含めて多様に発信していく方針。テレビ東京・フジテレビ・ニッポン放送・J SPORTSのMLB解説者を務める。2020年シーズン終了後、栃木球団とは契約を解除していたが、2021年4月8日に球団から再契約を結んだことが発表された。 8月8日に宇都宮清原球場で行われた神奈川フューチャードリームスとの公式戦では6回表に捕手として出場、投手の西岡剛とバッテリーを組んで1イニングを三者凡退、無失点(奪三振1)に抑えた。
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