大谷大学尋源館(旧本館)
名称: | 大谷大学尋源館(旧本館) |
ふりがな: | おおたにだいがくじんげんかん(きゅうほんかん) |
登録番号: | 26 - 0058 |
員数(数): | 1 |
員数(単位): | 棟 |
構造: | 煉瓦造2階建、瓦葺、建築面積587㎡ |
時代区分: | 大正 |
年代: | 大正2 |
代表都道府県: | 京都府 |
所在地: | 京都府京都市北区小山上総町20-1 |
登録基準: | 造形の規範となっているもの |
備考(調査): | 日本近代建築総覧 |
施工者: | |
解説文: | 烏丸通北大路下るの現在地にキャンパスを移した際の大学本館。赤煉瓦に石でドレッシングした明治調の躯体に軽快な玄関ポーチと小塔を付ける。ゲーブルには大正期のセセッション的意匠が認められる。設計は須藤勉と山本八太郎とされる。 |
建築物: | 同志社女子大学栄光館 埼玉県立深谷商業高等学校記念館 塩山市中央区区民会館 大谷大学尋源館 大阪医科大学看護専門学校校舎 大阪大学共通教育本館 大阪市立大学本館 |
旧本館(第五病練)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/08/31 01:38 UTC 版)
構造は木造2階建て、一部3階付き。 建築年代は1920年(大正9年)5月に起工。 1922年(大正11年)3月に完成する。 小屋組は和小屋。中央部は洋小屋。 外部仕上げは下見板張り・OP塗り仕上げ。 玄関棟部分は基礎コンクリート布基礎・床束木柱。 外壁は下地セメントモルタル洗い出す目地切り仕上げ。 天井は小板打ち上げ・OP塗り仕上げ。 床は板張り。 扉は木製OP塗り片開き・一部両開き。 窓は分銅仕上げ下げ窓。 正面ポーチの柱は木心セメントモルタル洗い出し仕上げのトスカナ式円柱。 面積・建坪は170坪。総2階建て。北側は細菌血清研究所を釣り込んで2階部分を増築して南端は新館として連結させた。玄関入口は間口23尺2寸 奥行6尺 床面は切石四半敷。南側の部屋は薬局。北側の部屋は受付であった。
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