旧是枝近有邸とは? わかりやすく解説

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旧是枝近有邸

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/09/21 05:24 UTC 版)

旧是枝近有邸

外観 (2020年2月)
情報
旧用途 住居兼診療所
設計者 是枝近有
施工 村田元蔵
建築主 是枝近有
建築面積 52 m²
所在地 591-8031
大阪府堺市北区百舌鳥梅北町4丁185
座標 北緯34度33分31.4秒 東経135度29分49.8秒 / 北緯34.558722度 東経135.497167度 / 34.558722; 135.497167座標: 北緯34度33分31.4秒 東経135度29分49.8秒 / 北緯34.558722度 東経135.497167度 / 34.558722; 135.497167
文化財 登録有形文化財
指定・登録等日 2002年2月14日
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旧是枝近有邸(きゅうこれえだちかありてい)は、大阪府堺市北区に所在する歴史的建築物。国の登録有形文化財に登録されている。

概要

開業医であった是枝近有が自ら設計し、彼の患者でもあった宮大工・村田蔵元によって施工された住居兼診療所1931年 (昭和6年) 築。当地にはかつて相賀池という大きなため池があり、当館は池に突き出た半島の先端に建っていた。池は昭和40年代に埋め立てられ、現在は跡形もない。2002年 (平成14年) 2月14日、登録有形文化財となった[1][2]

建築

木造4階建、モルタル塗、セメント瓦葺き、建築面積52平方メートル。四方に急傾斜の袴腰を持つ四方対称造で中央に展望台を配置。2層分のコリント式柱で支えるベランダ、角が丸く処理された壁を持つ特徴的な意匠である。壁は人造石を洗い出して石造風に見せている[2]

交通アクセス

脚注

  1. ^ 旧是枝近有邸”. 文化遺産オンライン. 2020年4月25日閲覧。
  2. ^ a b 旧是枝近有邸”. 堺市. 2020年4月25日閲覧。

関連項目



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