文壇デビューへとは? わかりやすく解説

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文壇デビューへ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/23 15:43 UTC 版)

牧野信一」の記事における「文壇デビューへ」の解説

1920年大正9年4月鈴木十郎らと同人誌金と銀』を創刊3号で終わる)。8月島崎藤村紹介雑誌新小説』に「凸面鏡」を発表し初め原稿料得て文壇デビューする機運開かれる10月、「闘戦勝仏」を同人誌十三人』に発表。これも牧野処女作ともいわれ、谷崎潤一郎の『麒麟』の影響見受けられる時事新報社少女』の投稿者だった鈴木せつとの交際始まり、やがて同棲する。せつはモダン賢く、非常に明るく活発な性格で、牧野とは反対におしゃべりであったという。 1921年大正10年)、佐佐木茂索を介して中戸川吉二知り合う3月、「白明」を雑誌解放』に発表5月、「公園へ行く道」を『十三人』に発表8月、「坂道孤独参味」を雑誌人間』(新進作家創作集)に発表9月、「痴想」を雑誌早稲田文学』に発表それぞれ新進作家として認められる時事新報社辞め鈴木せつ伴って小田原帰り結婚東京友人のいなくなった淋しさもあって酒に親しむようになる1922年大正11年4月同人誌白磁』を創刊し、「池のまわり」を発表6月長男英雄誕生9月、「鞭撻」を同人誌象徴』(『金と銀』の継続誌)に発表10月、「妄想患者」を雑誌新小説』に発表1923年大正12年)、妻子と共に熱海転居6月、「熱海へ」を雑誌新潮』に発表。これは最初の“父親小説”となる。7月、「地球儀」を雑誌文藝春秋』に発表9月1日関東大震災により、小田原帰る10月中戸川吉二から、雑誌随筆創刊11月)のための協力求められ単身上京東京市牛込区天神町(現:新宿区天神町)の佐佐木茂索の家の一室編集室に住む。『随筆』の編集通じ宇野浩二葛西善蔵久保田万太郎らと知り合う

※この「文壇デビューへ」の解説は、「牧野信一」の解説の一部です。
「文壇デビューへ」を含む「牧野信一」の記事については、「牧野信一」の概要を参照ください。

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