大の阪とは?

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大の阪 (新潟県)

名称
大<だい>の阪<さか>
区分
重要無形民俗文化財
所在地
新潟県北魚沼郡堀之内町堀之内
保護団体
大の阪の会
公開
8月14日16日

資料一覧
解説
大の阪は新潟県北魚沼郡堀之内町に伝わる盆踊八幡宮境内を建てその周りゆっくりとした曲調の唄にあわせてゆるやかに踊られる。唄のすべてに「南無西方」という文句が入ることから祖先供養の意味を込め別に念仏踊」とも呼ぶことがある。その歌詞古風さや優美踊振りに特色があり地域的特色に富み伝統的盆踊の姿をうかがわせる貴重なのである

大の阪

名称: 大の阪
ふりがな だいのさか
種別1: 民俗芸能
保護団体名: 大の阪の会
指定年月日 1998.12.16(平成10.12.16)
都道府県(列記): 新潟県
市区町村(列記): 北魚沼郡堀之内町
代表都道府県 新潟県
備考
解説文:  大の阪は新潟県北魚沼郡堀之内町に伝わる盆踊で、毎年八月十四日から十六日三日間八幡宮境内を建て、その周りで踊られる。
 その起源伝える明確な資料はないが、堀之内町三国街道の宿として賑わい、また小千谷十日町とともに越後縮【ちぢみ】の集散地として栄えていた近世商用上方との間を盛んに往復していた縮商人によってもたらされたと伝えられている。
 近世には盆の十三日から十六日まで、各家々提灯を掲げるなか、本陣中心に町を一晩中踊り流し裕福家で酒食などを供して踊り盛り上げたという。その後幕末戊辰戦争混乱明治初年禁令影響などにより、明治末から大正期にかけて一時衰微するが、これを惜しむ人びとの努力により昭和初年復興し、日中戦争から第二次世界大戦終結まで再び中絶するも、戦後復活し現在に至っている。
 会場となる八幡宮境内には、高さ六メートルほどの踊り丸木組みその上に太鼓を据え、四隅提灯吊るし中央には盆踊歌詞章側面に記した二メートルほどの長さ六角灯籠【ろつかくどうろう】を吊り下げる
 盆踊歌は、上の太鼓拍子(七拍)に合わせてゆったりと歌われ、五・五・七・五の歌詞が一五番残っている。現在は歌の合間に笛の間奏が入るが、これは昭和初年復興した際に付け加わったものという。「大の阪」という名称は、歌の冒頭の「大の阪、七曲がり」という詞章由来するが、一五番すべてに「南無西方【なむさいほう】」という文句入り、また御詠歌調のゆっくりとした曲調であることから、別に念仏踊」とも呼び、現在も祖先供養のための踊りであることが明確に意識されている。音頭取りは二組に分かれ双方詞章交互に歌い合う掛け合い式で、一番を二分以上かけてゆったりと歌う。
 踊り子扮装は、浴衣草履履きが基本であるが、特に厳格な決まりはなく自由な服装での参加認められている。踊りの足の運び手振りは、太鼓の七拍に合わせて踊る素なもので、昔はハスを頭に乗せて踊ったといわれるほど緩やかな動きで、華やかさはないものの古風感じさせて優美である。
 以上のように大の阪は、伝統的祖先供養盆踊要素伝えるものとして貴重であり、また地域的特色顕著である。

大の阪

名称: 大の阪
ふりがな だいのさか
種別1: 民俗芸能
保護団体名: 堀之内町郷土芸術振興
選択年月日 1974.12.04(昭和49.12.04)
都道府県(列記): 新潟県
市区町村(列記): 北魚沼郡堀之内町
代表都道府県 新潟県
備考 所在地同一都道府県内のもの(このデータ種別1から移行しています)
解説文:  大の阪は新潟県北魚沼郡堀之内町に伝わる盆踊で、毎年八月十四日から十六日三日間八幡宮境内を建て、その周りで踊られる。
 その起源伝える明確な資料はないが、堀之内町三国街道の宿として賑わい、また小千谷十日町とともに越後縮【ちぢみ】の集散地として栄えていた近世商用上方との間を盛んに往復していた縮商人によってもたらされたと伝えられている。
 近世には盆の十三日から十六日まで、各家々提灯を掲げるなか、本陣中心に町を一晩中踊り流し裕福家で酒食などを供して踊り盛り上げたという。その後幕末戊辰戦争混乱明治初年禁令影響などにより、明治末から大正期にかけて一時衰微するが、これを惜しむ人びとの努力により昭和初年復興し、日中戦争から第二次世界大戦終結まで再び中絶するも、戦後復活し現在に至っている。
 会場となる八幡宮境内には、高さ六メートルほどの踊り丸木組みその上に太鼓を据え、四隅提灯吊るし中央には盆踊歌詞章側面に記した二メートルほどの長さ六角灯籠【ろつかくどうろう】を吊り下げる
 盆踊歌は、上の太鼓拍子(七拍)に合わせてゆったりと歌われ、五・五・七・五の歌詞が一五番残っている。現在は歌の合間に笛の間奏が入るが、これは昭和初年復興した際に付け加わったものという。「大の阪」という名称は、歌の冒頭の「大の阪、七曲がり」という詞章由来するが、一五番すべてに「南無西方【なむさいほう】」という文句入り、また御詠歌調のゆっくりとした曲調であることから、別に念仏踊」とも呼び、現在も祖先供養のための踊りであることが明確に意識されている。音頭取りは二組に分かれ双方詞章交互に歌い合う掛け合い式で、一番を二分以上かけてゆったりと歌う。
 踊り子扮装は、浴衣草履履きが基本であるが、特に厳格な決まりはなく自由な服装での参加認められている。踊りの足の運び手振りは、太鼓の七拍に合わせて踊る素なもので、昔はハスを頭に乗せて踊ったといわれるほど緩やかな動きで、華やかさはないものの古風感じさせて優美である。
 以上のように大の阪は、伝統的祖先供養盆踊要素伝えるものとして貴重であり、また地域的特色顕著である。


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