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報恩記

作者芥川龍之介

収載図書芥川龍之介全集 4
出版社筑摩書房
刊行年月1987.1
シリーズ名ちくま文庫

収載図書奉教人の死煙草と悪魔11
出版社岩波書店
刊行年月1991.8
シリーズ名岩波文庫

収載図書芥川龍之介全集 第9巻 トロツコ 六の宮の姫君
出版社岩波書店
刊行年月1996.7

収載図書ザ・龍之介芥川龍之介全一増補新版
出版社第三書館
刊行年月2000.7

収載図書奉教人の死煙草と悪魔・他十一
出版社岩波書店
刊行年月2002.12
シリーズ名岩波文庫

収載図書大活字版 ザ・龍之介全小全一
出版社第三書館
刊行年月2006.7

収載図書文豪探偵小説
出版社集英社
刊行年月2006.11
シリーズ名集英社文庫

収載図書芥川龍之介全集 第9巻 トロツコ六の宮の姫君
出版社岩波書店
刊行年月2007.9


報恩記

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/10/04 03:43 UTC 版)

報恩記
作者 芥川龍之介
日本
言語 日本語
ジャンル 短編小説
発表形態 雑誌掲載
初出情報
初出中央公論1922年4月号
刊本情報
収録 『春服』
出版元 春陽堂
出版年月日 1923年5月
ウィキポータル 文学 ポータル 書物
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報恩記』(ほうおんき)は、芥川龍之介小説1922年大正11年)に『中央公論』誌上にて発表された。

安土桃山時代京都を舞台にした歴史小説。盗賊と廻船商人、商人の勘当された息子の3人が南蛮寺宣教師聖母マリアに真実を吐露する形式で、「恩返し」「迷惑な恩返し」「仕返しとしての恩返し」の有様を描いている。

三者がそれぞれ語るという意味では、『藪の中』の構成に近い。しかし、三者の発言が矛盾する『藪の中』とは異なり、当作品では三者の証言が正確に組み合い、恩返しや親孝行に隠されたエゴイズムを描いている。

あらすじ

盗賊・阿媽港甚内の告白
2年前の夜、自分は虚無僧に扮して京都の街中を歩き、盗みに入れそうな商家を探っていた。ちょうど廻船問屋・北条屋弥三右衛門の屋敷を見つけ、「仕事」をするつもりで忍び込んだところ、茶室の方から主人夫婦のすすり泣く声がする。話の内容では、どうやら商売が立ち行かなくなって悩んでいるらしい。自分は「過去の恩返し」をする機会を得たと思い、正体を明かした上で主人夫婦に「数日で6千貫の金を用意する」と約束した。
…ここまで話したところで阿媽港甚内は、「今夜ミサを願いに来た、ぽうろの魂のために済まない」と言い残して姿を消す。
廻船商人・北条屋弥三右衛門の告白
2年前、持ち船の沈没や投資の失敗で、店は倒産寸前だった。妻と2人で嘆いていたところ、突然虚無僧が現れた。その男・盗賊の阿媽港甚内は、恩返しをしたいという。自分は20年ほど前、南蛮渡りの船の船頭をしていた折、人を殺して逃げる男の逃走を手伝ってやったことがあった。彼こそが甚内で、その恩を返したいという。6千貫の大金の話を聞いた甚内は、無造作に引き受けたものの、自身は半信半疑だった。ところが数日後の夜。もはや倒産を覚悟していたところ、庭先で何物かが争う音がする。それが鎮まった頃に甚内が現れ、6千貫耳をそろえて渡していった。
6千貫のおかげで、店は倒産の危機を免れた。以来、まりあ様に甚内の幸せを祈っていたが、近頃その甚内が捕えられ、さらし首にされたとの噂を耳にした。彼の回向のため、一条戻橋へその首を確かめに行く。ところが、さらされた首は、2年前に会った「阿媽港甚内」とはなに一つ似ていない。むしろ20年前の自分に瓜ふたつだった。その首は・・・勘当した一人息子・弥三郎のものだった。晒し台の上で、首は私に微笑みかける。「お父さん、店を救った甚内は、一家の恩人です。だから私は、甚内にもしもの事があったら命を投げ出す覚悟でした。私は親不孝者でしたが、一家の恩人を救えて満足です」。しかし自分は嬉しくはない。店は立ち直ったが、息子は死んでしまった。このままでは、自分は大恩人の甚内を憎むかもしれない。
「ぽうろ」弥三郎の告白
ああマリア様、私は夜が明け次第首を刎ねられる。悪事ばかり働いた私はいずれいんへるのに落ちる身だが、それでも満足だ。自分は弥三郎だが、死後は「阿媽港甚内」の名を与えられるのだ。それを思えば、この暗い牢内も花で満ち溢れるようだ。
2年前、自分は博打の元手欲しさに我が家に忍び込んだところ、いきなり後ろからつかまれて投げ倒された。訳がわからず一度は逃げたが、やがて自分を投げ倒した者が高名な盗賊・阿媽港甚内で、彼が大金を用意して両親を救ったことを知る。そこで甚内を追い、両手を搗いて礼を述べた上で「子分になって恩返ししたい」向きを伝えた。しかしいくら頼み込んでも無視されたばかりか、激しく罵られて足蹴にされてしまった。「親孝行しろ。貴様の恩は受けぬ」と言い捨てて去る甚内に、どうしても恩返し、いや、仕返しをしたい。2年間煩悶していた自分は、ついにひらめいた。ならば甚内の代わりに打ち首になってやろう。そもそも甚内の素顔を知っている者は、彼と自分の両親以外誰もいない。誰が甚内と名乗っても同じことだ。そう考えて、わざと内裏に忍び込んだ。すかさず自分を捕えた侍は口々に「今日こそは甚内を手捕りにしたぞ」とつぶやいた。内裏に忍び込むような大それた者なぞ、甚内以外にはいない。そして自分は甚内として首を打たれる。真の甚内、どこの誰ともわからない凡人になってしまうのだ。真の甚内に、晒し台の上からそう哄笑してやろう。ああ、こんなに愉快な話はない。

参考文献

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