国民政党
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国民政党(こくみんせいとう)は、労働組合など特定の組織利益を代表するのではなく、国民全体の利益を代表することを標榜する政党を指す[1][2][3]。あるいは、一定の階級的利害を代表しながらも、国民的同質性を前提とし、支持基盤を国民各層に求めようとする政党[4]。対義語は階級政党。
- ^ a b “政党”. www.kyoritsu-wu.ac.jp. 2019年3月21日閲覧。
- ^ a b c d e f “新しい政治をめざして/社会党は“歌”を忘れよ 江田五月”. www.eda-jp.com. 2019年3月21日閲覧。
- ^ a b kannaoto (2017年11月18日). “立憲民主党を草の根に根差した政党に育てるために”. 菅直人公式サイト. 2019年3月21日閲覧。
- ^ 百科事典マイペディア「国民政党」の項目
- ^ a b c 「対立軸の昭和史 社会党はなぜ消滅したのか」p15, 保阪正康,2020
- ^ a b c d e f g 橋本五郎、飯田政之、加藤秀治郎『図解・日本政治の小百科』2002年 一藝社、159頁。
- ^ a b c d 書評と紹介 - 高木郁朗/住沢博紀/ T.マイヤー編著 『グローバル化と政治の イノベーション ――「 公正」の再構築をめざしての対話』 法政大学大原社会問題研究所 (評者:高橋善隆). 2018年9月6日閲覧。
- ^ “9:スウェーデンの労働運動ーその実績と試練<2/2> | 国際経済労働研究所インフォメーションセンター”. www.iewri.or.jp. 2019年3月21日閲覧。
- ^ 自民党内の多様性が薄れている…田中真紀子氏読売新聞 2015年7月13日
- ^ “立憲民主党が肝心の「立憲主義」を勘違いしてどうする(篠田英朗)”. 現代ビジネス. 2019年3月21日閲覧。
- ^ “国民民主党結成 両議員一問一答 原口氏、大串氏|行政・社会|佐賀新聞ニュース|佐賀新聞LiVE”. 佐賀新聞LiVE. 2019年3月21日閲覧。
国民政党
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「フランス保護領モロッコ」の記事における「国民政党」の解説
1930年5月16日のベルベル勅令(英語版)に対する反発の中で、群衆は抗議して集まり、勅令に対抗するための全国的なネットワークが確立された。スーザン・ジルソン・ミラー博士は、これを「初期のナショナリスト運動が生まれた苗床」として引用している。1934年12月、新たに結成されたモロッコ行動委員会(كتلةالعملالوطني、Comité d'Action Marocaine – CAM)のメンバーである少数の国民主義者が、フェズ条約、モロッコ人の政府の地位への入会、および代表評議会の設立によって想定されているような間接統治への復帰を求める改革計画(英語版)(برنامجالإصلاحاتالمغربية)を提案した。請願書、新聞社説、フランスへの個人的な訴えなど、改革の検討を行うための適度な戦術がCAMによって使用された。
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