千日デパート大火災被災者慰霊碑とは? わかりやすく解説

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千日デパート大火災被災者慰霊碑

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/02 22:45 UTC 版)

千日デパート火災」の記事における「千日デパート大火災被災者慰霊碑」の解説

千日デパート火災犠牲になった118人を慰霊する追悼施設は、1976年昭和51年11月13日和歌山県高野山霊園慰霊碑建立された。同日正午より高野山別格本山明王院住職始めとする職衆6口や遺族170人が参列して開眼供養法要営まれた。法要毎年5月おこなわれるが、火災事故から4年目となった同年5月法要の折に遺族の間から「慰霊碑建立を」と話が持ち上がった前年年末損害賠償請求訴訟において和解成立していた。被害者遺族には早期決着図られたことへの安堵した感情もあったが、一方で中途半端な形で補償まとまったことや火災関係各社責任追及曖昧なまま終わったことへの不満も少なくなかった。それでも遺族心情一定の区切りがつき、節目迎えたことが後押し繋がった遺族火災関係4社や一般の人々呼びかけおこない企業42社および約1,500人から集めた合計1,200万円浄財によって慰霊碑建立され運びとなった当初慰霊碑火災現場建てるべきだとの意見出されたが、最終的に高野山の地に建てることで落ち着いた慰霊碑は、霊園見晴らし良いの上建立された。漆黒御影石造られた碑には「千日デパート大火災被災者慰霊碑」と刻まれ、その傍らにある碑文には、突然に命を奪われ犠牲者無念遺族怒り事故風化させてはならない思い惨事再発防止向けた願い、それらを一つにまとめた文言刻まれている。 記 昭和四十七年五月十三日午後十時二十七分大阪市南区千日デパート地下一階地上七階)の雑居ビル三階より出火流入した猛煙により炎熱地獄化し逃げ道必死に求めその苦しさ肉親の名を叫びながら遂に尽き窒息死又は転落死による百十八名のいたましい犠牲者をだす日本最高の凄惨な大火災となる。事故遺族の会(九十遺族)は法廷内外において「いのち」の尊さ訴え防火設備等の充実闘い続ける。ここに悲惨事を再び繰返えさないよう願いをこめ「命は地球より重い」を合言葉多くの人のカンパ援助元に精霊未来永劫に安かれと祈念するとともに地球上からの災害絶無期し末長くより多くの人たちの命を守る慰霊碑として建立す。 — 千日デパート遺族の会 慰霊碑建設委員会、千日デパート大火災被災者慰霊碑 1976-11-13 「逃げ場必死に求めてその苦しさ肉親の名を呼びながら終に力尽き」「悲惨事を再び繰返えさないよう願いをこめ」「地球上からの災害絶無期し末長くより多くの人たちの命を守る慰霊碑として建立す」などの一節は最も印象的かつ象徴的である。建立同日明王院での第5回供養法要では、遺族会代表の挨拶および各関係者からの追悼の辞が捧げられその後読経の中を遺族らの焼香おこなわれ二度と惨事繰り返さないよう念願された。

※この「千日デパート大火災被災者慰霊碑」の解説は、「千日デパート火災」の解説の一部です。
「千日デパート大火災被災者慰霊碑」を含む「千日デパート火災」の記事については、「千日デパート火災」の概要を参照ください。

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