千日デパートビルについてとは? わかりやすく解説

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千日デパートビルについて

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/10 09:05 UTC 版)

千日デパート火災」の記事における「千日デパートビルについて」の解説

千日デパートビルは、1932年昭和7年9月竣工した大阪歌舞伎座ビル1958年昭和33年)に改築した複合商業ビルである。ビル構造鉄骨鉄筋コンクリート屋根構造、地下1階を含む地上7階建てで、屋上塔屋3階建て備えていた。建物所有者日本ドリーム観光である。建築面積は3,770.21平方メートル延床面積2万7,514.64平方メートルである。ビルの高さは、地上GL)から屋上フロア側壁上端までが30.1メートル屋上塔屋3階までを含めると40.3メートルである。5階から屋上までのビル中央部から西側にかけてのフロアは、その大部分劇場エリアで、そのエリア6階と7階部分は、舞台客席につき吹き抜け構造になっていた。また劇場エリア5階部分客席床下ピット屋上部分舞台客席屋根であったビル2階から6階までの北西フロアは、D階段とE階段の間に囲まれL字型エリア中二階構造になっており、独立したフロア形成していた。本ビルは、火災発生当時1972年5月)における消防法施行令防火対象物区分では特定防火対象物4項に分類されていた。 火災焼失後は約8年の期間、営業再開もされずに外壁には金網張りめぐらされ野晒し状態のまま放置されていたが、1980年昭和55年1月14日千日デパートビルの取り壊し決まり、翌2月から解体工事始まった翌年4月には解体工事完了し千日デパートビルは消滅した1982年昭和57年6月20日跡地日本ドリーム観光新たにエスカールビル(地下2階地上9階建)を建設する運びとなり、その起工式執り行われた。そして1984年昭和59年1月13日新しいビルオープンし、その翌日プランタンなんば営業始まった

※この「千日デパートビルについて」の解説は、「千日デパート火災」の解説の一部です。
「千日デパートビルについて」を含む「千日デパート火災」の記事については、「千日デパート火災」の概要を参照ください。

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