北西航路の環境問題と主権論争
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/07 04:24 UTC 版)
「北西航路」の記事における「北西航路の環境問題と主権論争」の解説
北西航路の一部、特にカナダ北極諸島を貫く海峡は、年のほとんどを厚い氷に覆われているので、野生生物や先住民にとっては往来に必要な生活圏である。北西航路が頻繁に使われるようになれば、船舶事故で油の流出事故が起きて北極圏の生態系に破滅的な打撃を与える可能性もあるほか、外国の軍艦などの通過も予想される。こうした懸念からカナダ政府は、北極諸島の海峡はカナダの領海である「内水」であると主張しており、ゆえにカナダ政府がこれらの航路の通航を阻止できるとしている。欧州連合加盟諸国を含む海洋国家の多くは、これらの海峡を「海洋法に関する国際連合条約」(国際連合海洋法条約)に基づく国際海峡とみなしており、外国船は安全に通航する権利があるとしている。アメリカ合衆国は国際連合海洋法条約を批准していないが、やはり北西航路は国際海峡だと主張している。もし国際海峡であるならば、カナダ政府はこれらの海峡における漁業の操業規則や環境対策に関する規則、密輸取締りのための法律などを制定できるが、船舶の通航を阻止できなくなる。 1985年、アメリカ沿岸警備隊の大型砕氷船「ポーラー・シー」が北西航路を通過した際、アメリカ政府は、カナダ政府には通航の許可を求めないことを強調した。アメリカ側は、この航海はグリーンランドからアラスカへ砕氷船を回航させるだけであり、この通航にはコスト削減以外の意図はないとし、国際海峡を通過するのに沿岸国の許可はいらないと主張した。カナダ政府は翌1986年にカナダの北西航路に対する権利を再び主張する宣言を発表したが、アメリカ政府はこの宣言を拒否した。1988年にはカナダとアメリカは「北極における協力」(Arctic Cooperation)という合意に調印した。この合意では主権問題の解決は行わなかったものの、アメリカの砕氷船が北極諸島を通過するときにはカナダ政府の許可を求めることが明記された。 2005年11月29日、アメリカ軍の原子力潜水艦シャーロットが北極海の氷の下を航行し北極点で1.5mほどの氷を破って浮上した。この後、米軍原潜が北西航路をカナダ政府に知らせずに往来しているという説が取りざたされ、カナダの国民感情が沸騰した。2006年のカナダ連邦総選挙後の記者会見で、選挙に勝利したカナダ保守党のスティーヴン・ハーパー(後に首相)は、アメリカ大使による「北極水路は国際海峡である」という声明に反論し、北極における主権をより強固に確立するカナダ政府の意図を説明した。 2006年4月9日には、カナダ軍の北方統合任務部隊(Joint Task Force North)は、カナダ軍はもはや該当海域を「北西航路」とは呼ばず、セントローレンス湾などカナダ周囲の海域を含めて「カナダ内水」(Canadian Internal Waters)と呼ぶと宣言した。さらに宣言の後、カナダ軍部隊による北極諸島探検「ヌナリヴト作戦」(Operation Nunalivut、ヌナリヴトはイヌクティトゥット語で「土地はわれらのもの」)を成功させた。 2007年7月9日、カナダのハーパー首相は極北に大水深の港湾を建設すると発表した。政府のプレスリリースには、首相の発言は次のように引用されている。「北極地域の主権を守るにあたり、これを利用するか失うかという選択肢があるが、わが政府にはこの主権を断固守るという意思がある。カナダの北極地域は、北方国家としてのカナダのナショナルアイデンティティの中核をなし、我々の歴史の一部であり、我々の将来の潜在的可能性を示すものである」。
※この「北西航路の環境問題と主権論争」の解説は、「北西航路」の解説の一部です。
「北西航路の環境問題と主権論争」を含む「北西航路」の記事については、「北西航路」の概要を参照ください。
- 北西航路の環境問題と主権論争のページへのリンク