動物への使用
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/15 21:45 UTC 版)
上述の通り、ヒトに対して抗菌薬を用いる場合、抗菌薬の投与は原則的に治療を目的とする。一方、ヒト以外の動物に対して用いる場合は事情が異なる。動物の中でも犬や猫のようなペットに対して抗菌薬を用いる場合、使用方針はヒトと同様であり、原則的に感染の治療を目的として個々の動物に対して抗菌薬が用いられる。例外的に予防的投与が行われることもあるが、これは手術後など特定の条件に限られる。一方、食肉を目的として飼育される動物の場合、群の一部の個体が症状を示していて、大多数の個体が無症状でも、餌や水を通して抗菌薬が群全体に投与されることがある。このような集団単位での抗菌薬の使用がヒトに対して行われるのは稀であり、その場合も濃厚接触がある個人など特定の個人にしか用いられない。 最も議論を招いているのは成長促進を目的とした経済動物に対する長期の低容量の抗菌薬の使用である。これは動物の治療を目指すものではなく、経済的利点から抗生物質が使用される。畜産における抗生物質の使用は1950年代から始まり、アメリカ合衆国の農家で薬用量に満たない低用量の抗菌薬の家畜への投与が、家畜の体重増加を大幅に早めるために利用されてきた。肥育目的で用いられた抗生物質に分類される抗菌薬としては、例えば、ペニシリン、オキシテトラサイクリン、エリスロマイシン、スピラマイシン、タイロシンなど多岐にわたる。実験動物のマウスへの抗生物質の低用量投与でも体重増加を示した。生後6か月のヒトの幼児でも抗生物質の投与と体重増加が関連を示していた。低容量の抗生物質が成長促進に有効なことは再現性が示されているが、その機序は明らかでない。また、そのような効果は衛生的環境では生じないことが知られている。腸内の微生物叢へ影響を与えることによるという説もあるが、なぜ最小発育阻止濃度に満たない抗生物質が効果を示すのが不明である。そのため、免疫系におけるサイトカインの放出を抑制することで炎症細胞を阻害し、結果として食欲不振から動物を守るという機序も提唱されている。 低容量の抗菌薬の長期にわたる使用は耐性菌を生じやすく、また耐性菌は動物の間のみならず食事や環境を通してヒトにも伝播しうる。例えば、バンコマイシンに類似した構造を持ってグラム陽性菌に効果を示す抗生物質であるアボパルシンは、家禽やブタの成長促進用途で使用されるが、アボパルシンを使用した農場ではバンコマイシン耐性腸球菌が検出されやすくなる。バンコマイシン耐性腸球菌はイギリス、ドイツ、デンマークの家畜から検出さており、この耐性菌が欧米の医療施設で急速に拡散したと考えられている。加えて抗菌薬の使用による経済的な利得もないか、あっても耐性の出現に比して小さいものである。一方、ヨーロッパでは2006年から成長促進を目的とした抗菌薬の使用を全面的に禁止している。デンマークでの研究では家畜の成長促進を目的としたアボパルシンの使用禁止のみではバンコマイシン耐性腸球菌の検出率は下がらなかったが、さらにマクロライド系抗菌薬の使用も禁止したところ、バンコマイシン耐性腸球菌の検出率が減少した。これはバンコマイシン耐性遺伝子vanAとマクロライド耐性遺伝子ermBが連鎖して伝播することによって説明されている。
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