内燃動車の開発とは? わかりやすく解説

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内燃動車の開発

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/03 01:45 UTC 版)

鉄道車両の歴史」の記事における「内燃動車の開発」の解説

ドイツルドルフ・ディーゼルは、1892年ディーゼルエンジン発明した。彼が死去する前年1912年に、世界で最初ディーゼルエンジンによる機関車ドイツプロイセン邦有鉄道試作された。船舶用の1,200馬力エンジンそのまま載せたものであったが、あまり実用性はなかったとされる1914年にはスイススルザーが、200馬力電気式ディーゼルカー開発している。 一方この頃自動車普及しつつあったアメリカでは自動車用ガソリンエンジン用いたガソリン動車盛んに製作された。ゼネラル・エレクトリックが主に製作しガソリンエンジン発電してその電力走行する電気式であったまた、フランスブガッティ1930年代かなりのガソリン動車販売した。しかし、鉄道用としては燃費のよいディーゼルエンジンの方が適しており、1920年代以降は主にディーゼル動車の方が普及していった。 また、飛行機発明され使用されるようになったことからプロペラ動力関心集まり鉄道車両プロペラ駆動する技術研究ドイツ行われた600馬力ガソリンエンジンに4羽根プロペラ取り付け、17.25 トン車体載せて走らせた。この車両レール上のツェッペリン飛行船という意味で「シーネンツェッペリン号」 (Schienenzeppelin) と名づけられた。1931年6月21日試運転では、ベルリン - ハンブルク間のテストコース256 km区間98分で走破し平均速度154 km/h最高速度230 km/h記録して、これは第二次世界大戦前鉄道の最高速度記録であった。しかし他の車両連結して走ることができず不経済で、試運転のみに留まった。 シーネンツェッペリン続いてドイツではディーゼルエンジン用いた通常の車輪駆動高速列車取り組んだ410馬力ディーゼルエンジン発電機搭載し、その電力モーター回して走る電気式ディーゼルで、1933年5月15日からベルリン - ハンブルク間で営業運転についた。この列車は「フリーゲンダー・ハンブルガー号」と名づけられ、270 kmの距離を2時間18分で結んだ平均速度は124.6 km/h最高速度は160 km/hで、営業運転用いられる列車としては世界最高速度達成した高速性能乗客から人気博しコスト的にも蒸気機関車牽引する列車より安いことが明らかとなったドイツ全土を結ぶディーゼル特急ネットワーク計画され増備進められ、その中にはフォイトトルクコンバータ搭載した液体式のものもあった。この時期チェコスロバキアではスロヴェンスカー・ストレラアメリカではパイオニア・ゼファーなど、同じようディーゼル駆動高速列車運行されるようになったアメリカではゼネラルモーターズ傘下のエレクトロ・モーティブ・ディビジョン (EMD) がディーゼル機関車開発進め1930年代には1000馬力級のエンジン搭載したディーゼル機関車が各鉄道次第普及し始めていた。

※この「内燃動車の開発」の解説は、「鉄道車両の歴史」の解説の一部です。
「内燃動車の開発」を含む「鉄道車両の歴史」の記事については、「鉄道車両の歴史」の概要を参照ください。

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