人物と婚姻
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/18 05:04 UTC 版)
「アルノルフィーニ夫妻像」の記事における「人物と婚姻」の解説
マーガレット・キャロルは、当時の未婚の女性は髪を降ろしていたとし、描かれている女性が髪を結い、被り物をしていることからこの二人はすでに結婚している夫婦だと主張している。二人の立ち位置は、15世紀の伝統的な結婚式と性役割を意味している。ベッドの近く、部屋の奥に立つ女性は家政を司る妻としての役割を、開かれた窓の近くに立つ男性は家の外で働く夫としての役割をそれぞれ象徴している。男性の視線は鑑賞者に向けられているが、女性の視線は男性を見つめている。垂直に掲げられた男性の右手は、自身が仕事で権力ある地位にいることを意味し、低い位置に水平に置かれた女性の左手は、妻の従順さを意味する。しかしながら、女性の視線が床ではなく男性の顔を見つめていることから、この女性が夫たる男性と同等の立場であることも表現されている。夫妻はブルゴーニュ公宮廷での序列が同じであり、その意味でも両者は同格で、妻が夫へ従属する立場ではなかった。 重ねられた夫妻の手が何を意味しているのかも、研究者の間で議論となっており、この手こそが作品の主題であると指摘している研究者も多い。パノフスキーはこのポーズが婚姻の宣誓であると解釈し、この夫妻が「婚姻の宣誓をすることによって、婚姻契約を行っている」ところを描いているとしている。女性の右手を握る男性の左手という構成も議論の的になっている。ジャン・バプティスト・ビドーやピーター・シャバッカーといった研究者は、この作品が婚礼の場を描いたものであるならば、男性の左手はこの結婚が身分違いの女性を妻とした貴賤結婚であることを示唆すると指摘している。しかしながら、この説が唱えられたのは、描かかれている夫妻がジョヴァンニ・ディ・アリーゴ・アルノルフィーニとその妻ジョヴァンナ・チェナーミだと考えられていた時代であり、この両者のブルゴーニュ公宮廷での宮廷序列が同格であったことから、貴賎結婚説の信憑性は低い。一方、マーガレット・キャロルは、既婚の夫婦の間で、夫が妻に商取引の代理人の地位を与える場面を描いた作品であるとする。キャロルは、この男性の両手の位置が、宣誓式において左手を聖書の上に置き、右手を顔の横に掲げるポーズを模していると解釈している。 一見すると女性は妊娠しているかのようだが、おそらく正しくない解釈であると考えられている。美術史家たちは、これは女性の聖人を描いた絵画には非常に多く見られる装束で、当時女性の間で流行していた着こなしだったと指摘している。アルノルフィーニは布地の商人だったこともあり、衣服の流行を重要視していたと考えられている。さらに、20世紀終わりまで描かれている女性だとされていたジョヴァンナ・チェナーミも、アルノルフィーニの最初の妻で、描かれている女性の可能性があるコスタンツァ・トレンタも子供を産まないまま死去している。ハービソンも、女性の仕草が、この夫妻が受胎、妊娠を待ち望んでいることを意味していると解釈している。 ベッドの支柱には妊婦と出産の守護聖人聖マルガリタと思われる彫刻像がある。聖マルガリタは陣痛の苦しみや不妊から女性を救うとされている聖人である。他に、聖マルガリタではなく、主婦の守護聖人聖マルタの彫刻像とする説もある。支柱に吊り下げられたブラシは家事の象徴であり、さらに鏡の両脇に対照的に配置されているブラシと、花婿に結婚祝いとしてよく贈られていた石英のロザリオは、キリスト教義の「祈りと労働 (ora et labora)」を暗示している。ジャン・バプティスト・ビドーは、諺で「不道徳を払いのける」とされる箒が貞節の象徴であるとしている。
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