九州大学第二内科の調査
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「八丈小島のマレー糸状虫症」の記事における「九州大学第二内科の調査」の解説
九州帝国大学第二内科(現・九州大学大学院病態機能内科学)の望月代次と井上三郎の2人は、「象皮病の原因は連鎖球菌である」とする吉永・帖佐の結論に疑問を持った。望月と井上は一部の象皮病患者にミクロフィラリアが見られないからといって、フィラリア症を否定するのは早計であり、もっと多数の患者を検査する必要があると考え、吉永・帖佐が調査を行った翌年の1912年(大正元年)9月上旬に八丈島と八丈小島を訪れた。 望月と井上による八丈小島の調査はおもに鳥打村で行われたが、その調査結果は前年の吉永・帖佐による結果と大きく異なっていた。望月・井上が行った血液検査の結果は、鳥打村在住者のうち象皮病を持つ32名のうち15名(46.8%)にミクロフィラリアを見つけ、さらに象皮病を持たない56名のうち26名(46.4%)にもミクロフィラリアを見つけた。この検査成績は年齢・症状別に調べられており、それをまとめたものが次の表である。各欄の数字は分子がミクロフィラリア陽性者数、分母が検査数である。 八丈小島(鳥打村)における年齢別・症状別のミクロフィラリア検出状況(望月・井上、1912年/大正元年)症状/年齢1-10歳11-20歳21-30歳31-40歳41-50歳51-60歳61-70歳合計丹毒(あり) 象皮(あり) 1/3 0/4 6/9 5/10 2/2 14/28 丹毒(なし) 象皮(あり) 1/2 0/1 0/1 1/4 丹毒(あり) 象皮(なし) 0/9 2/2 1/2 3/6 浮腫(あり) 象皮(なし)1/5 8/22 6/8 2/3 1/1 18/39 無 症 状2/3 0/4 2/3 1/1 5/11 合計3/8 9/30 11/17 4/10 6/10 6/11 2/2 41/88 このように象皮病の症状の有無を問わず、鳥打村住民の血中ミクロフィラリア陽性率は4割以上の高率であり、「ミクロフィラリアは見いだせなかった」とする前年の吉永・帖佐の調査結果と大きく異なっている。なお、見出したミクロフィラリア虫の種類については特に述べておらず、日本国内の他のフィラリア流行地と同様にバンクロフト糸状虫と見なしたものと考えられている。望月と井上はこの結果から、象皮病の発生にはフィラリア糸状虫の関与が必要であることを主張し、連鎖球菌を主因とした京大側の結論に異論を唱えた。ただし、フィラリア虫の寄生によってリンパ系の鬱滞が起こることが象皮病の主要因ではあるものの、鬱滞した部分が細菌に感染しやすくなるのも事実であって、細菌感染による丹毒様発作はあり得るとし、感染過程のある時点では何らかの細菌の関与があることを認めている。 なお、この九大の2名も八丈小島での臨床的観察において、下肢の象皮病は見られるが、陰嚢水腫、乳糜尿については1例も見られなかったことを特記しており、さらに吸血したものを含め15匹のヤブカを剖検し、そのうちの3匹にフィラリアの幼虫らしきものを見出したと記している。この蚊の調査は短時間かつ簡易的に行われたため不完全ではあるものの、八丈小島におけるフィラリア糸状虫伝播蚊問題の最初の記録であり注目に値すると、後年寄生虫学者の佐々学は指摘している。なお、八丈島本島でも調査が行われ大賀郷村、三根村、樫立村、中之郷村、末吉村の計5か村に象皮病患者は総計21名おり、もっとも多かった樫立村では症状のないものを含めた29名の村民のうち17名の血液中にミクロフィラリアを検出し、そのうち1名には陰嚢水腫が認められたという。その後も連鎖球菌説を主張する京大派とフィラリア説を主張する九大派の論争が続いたが、最終的には京大側が矛を収める形になった。 九大による調査が行われた1912年(大正元年)は寄生生物学者のステッフェン・ランバート・ブラッグ(英語版)がマレー糸状虫を新種記載する15年も前のことであり、八丈島本島と八丈小島のフィラリアが別種であることは誰も気づいていなかった。 こうして東京のはるか南に浮かぶ小さな島は、医学者の研究の場として選ばれ、象皮病の成因について論議の材料を提供することになった。しかし、1912年(大正元年)の九州大学による実地調査のあと、八丈小島を訪れ調査を行う研究者は長期間にわたって現れなかった。研究者が訪れることもなく無医村であった八丈小島では、その後も依然としてバク病の流行は途切れることなく続き、島の人々は病気に苦しめられ続けていた。
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