ヴィッカース歩兵戦車とは? わかりやすく解説

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ヴィッカース歩兵戦車

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/17 05:51 UTC 版)

ヴィッカース中戦車 Mk.I」の記事における「ヴィッカース歩兵戦車」の解説

1920年歩兵部隊軽歩兵戦車要求する計画立てた戦車設計局フィリップ・ジョンソン大佐は、中戦車 Mk.Dからそうした形式戦車作り出した1921年競争試作として、ヴィッカース社は3両の軽歩兵戦車開発・生産する契約結んだ。 この「ヴィッカース歩兵戦車」はイギリス初の軽戦車でもあった。 最初試作車1921年12月までに準備整い2番目の試作車1922年7月準備整った王立装甲軍団第2大隊研究施設1928年に「MWEE」(機械実験施設)に改名)が設立され送られた。 ヴィッカース社の設計いまだに大戦時形式思わせるのだった。これは背が高く菱形形状取り軌道フレーム側面ハッチ設けていたが、いくつか改善点示されている。全周旋回式の砲塔がつき、縦置き式渦巻ばね緩衝装置設けられていた。 一方でマークC中戦車はなお固定戦闘室であり、緩衝装置もなかった。ヴィッカース社の戦車マークC中戦車よりもっと小型で、全高はちょうど7フィート(2.13m)、車重はたった8.5ショートトン(7.71t)だった。本車は、戦闘室と機関室区画分けて機関室収容され86馬力エンジン動力を、より先進的な油圧式ウィリアムス・ジェニー変速装置により変速して駆動した。これは限りなく多様な曲率での旋回を可能とした。 最初試作車両(ヴィッカース歩兵戦車 No.1、後の登録番号 MWEE 7)は3挺のオチキス機関銃備えた雌型バージョンである。2番目の試作車両(ヴィッカース歩兵戦車 No.2、後の登録番号 MWEE 15)は機関銃1挺を降ろし、そこに3ポンド47 mm)砲を備えた雄型」で、対空射撃用に機関銃を1挺備えていた。 本車は、前任車両達よりも、はるかに近代的な戦車見えた砲塔戦闘前面、また車体前面には、全て強い曲面備えていた。しかし進化した変速装置はまるで信頼性がないことが判明し1922年晩冬計画破棄された。 ヴィッカース社は3番目の試作車製造せず、代わりに18ポンド84 mm野砲用の運搬車製造した。「18ポンド運搬車」(Vickers 18-pdr Transporter 1922)と名付けられたこの車両開発は、1922年3月始まった車体後面に下開きランプがあり、車輪付き火砲そのまま搭載し運搬することができた。この車両は「ヴィッカース歩兵戦車」とは何の共通点もなく、他のどの車両比較して革新的であった失敗作の「ヴィッカース歩兵戦車」は忘れ去られヴィッカース社は「18ポンド運搬車」のシャーシ足回り)を流用して戦車製造する命令受けた。これが、「ヴィッカース軽戦車 Mk.Iとなった

※この「ヴィッカース歩兵戦車」の解説は、「ヴィッカース中戦車 Mk.I」の解説の一部です。
「ヴィッカース歩兵戦車」を含む「ヴィッカース中戦車 Mk.I」の記事については、「ヴィッカース中戦車 Mk.I」の概要を参照ください。

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