ラジオ放送の始まりとは? わかりやすく解説

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ラジオ放送の始まり

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/11 09:55 UTC 版)

ラジオ」の記事における「ラジオ放送の始まり」の解説

しかしヒューゴー・ガーンズバック1905年11月より一般人向け通信販売始めた大衆無線機テリムコ」の受信機電波から音声復調できないコヒーラ検波器よるものである。またグリーンリーフ・ホイッティア・ピカード電波乗せた音声復調する鉱石検波作用発見しその特許得たのは遅く1906年になってである。1906年当時アマチュア無線家らはまだコヒーラ検波器使っており、彼らの受信機鉱石検波器切替わったのは1910年頃だった。こういった時代背景勘案すると、フェッセンデン実験広く聴取者向けて送信されるラジオ放送」というよりも、限定され技術者通信士対象とした「無線電話」の実験属するとも考えられる一般人無線受信機所有していたのはアマチュア無線家達だけである。アマチュア無線第一次世界大戦の勃発禁止されていたが、その終戦1919年4月12日より、まず受信活動解禁された。戦後一般アマチュアでも真空管入手できるようになり、鉱石式受信機から真空管受信機への置き換え急速に進んでいた。 1920年1月17日ワシントンD.C.アナスコティアにある海軍飛行場から、海軍省娯楽音楽放送 NOFはじめたこれをもって国営放送嚆矢とするが、そのリスナー層は自分受信機組立てたアマチュア無線家だった。なお1923年1月3日、アナコスティア海軍航空局 NOFは本来の航空無線研究専念することとなり、娯楽放送終了している。 また、一部アマチュア無線家無線電話実験するようになり、無線電話で「放送したい」アマチュア無線家と、モールス電信で「交信したい」アマチュア無線家混信問題はじまったのもこの頃である。 民間企業による商業放送として世界で最初に許可されたものは、ウェスティングハウス電気製造会社1920年11月2日にアメリカ・ペンシルベニア州ピッツバーグ放送開始したKDKAである。その中波送信機同社技術者フランク・コンラッド設計し開局初日番組大統領選挙開票情報で、ハーディング候補当選伝えた選択度(分離性能)が良くない受信機起きる、商業放送周波数833kHz)とアマチュア無線家放送周波数1,500kHz)の混信問題くすぶっていたが、1922年1923年法改正アマチュア無線オペレーター資格では放送できない事になり、多くアマチュア無線家商業放送局のオーナー技術者として転向したため、問題はやや軽減した。さらに1923年6月28日規則改正では、アマチュア無線家短波申請する権利失ったかわりに、1,500 - 2,000kHzの帯域免許獲得した同時に毎夜2000分から2230分と、日曜午前礼拝タイム送信禁止として、ラジオ放送アマチュア無線混信問題は一応の解決をみた。

※この「ラジオ放送の始まり」の解説は、「ラジオ」の解説の一部です。
「ラジオ放送の始まり」を含む「ラジオ」の記事については、「ラジオ」の概要を参照ください。

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