ラジオ放送の再開と移管
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「グリエルモ・マルコーニ」の記事における「ラジオ放送の再開と移管」の解説
英国のラジオ放送中止と入れ替わるように、アメリカではウェスティングハウス電気製造会社のフランク・コンラッドらが世界初となる商業ラジオ放送KDKAを開局したのは1920年11月2日である。1921年秋になると、アメリカでは商業ラジオ放送局が相次いで誕生し、その評判が英国にも届くと、ラジオ放送再開を求める声が高まった。再開陳情が何度も繰り返された結果、郵政庁GPOは軍用無線への混信を防ぐために電力を250Wに制限したうえで、マルコーニ科学機器社MSIC(Marconi Scientific Instrument Company, Ltd.)に放送許可を与えた。1922年2月14日より定期放送(毎週火曜日19:35-19:55)を始めた。その送信所はチェルムスフォード郊外のライトルにあり、波長700m(430kHz)で呼出符号は2MTである。 またマルコーニ科学機器社MSICは第二局を首都ロンドンのマルコーニ・ハウス7階に建設した。そして1922年5月11日より呼出符号2LOで毎週火曜日と木曜日に30分間の放送をはじめた。しかしロンドン2LOは郵政庁GPOが音頭を取り、マルコーニ社やメトロポリタン・ヴィッカーズ社など電気会社6社が共同出資して1922年10月18日に誕生させた英国放送会社BBCに移管され、同年11月14日よりBBC系の中央局として放送をはじめた。なお独立系としてマルコーニ科学機器社MSICに残ったライトル2MTは「英国のラジオ放送を再開させる」という役目を終えて、1923年1月17日をもって閉局した。この「英国放送会社」BBC(British Broadcasting Company)は、公共放送「英国放送協会」BBC(British Broadcasting Corporation)の前身となった会社である。
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