フェミニズムとジェンダー
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/01 22:35 UTC 版)
「ゲーマーゲート論争」の記事における「フェミニズムとジェンダー」の解説
詳細は「フェミニズム」および「ウーマンリブ運動」を参照 フェミニズムにとって「女らしさ」「男らしさ」といったジェンダーの問題は重要である。ジェンダーとは、身体の特徴など生来の性別の違いを指すセックスではなく、社会的、文化的につくられた性差のことを指す。「男は仕事、女は家事育児」といった「男はこうあるべきだ」「女はこうあるべきだ」とする性別による役割分担も含まれる。 第一波フェミニズムは18世紀に起こったとされる。フランス革命、人権宣言、アメリカの黒人解放運動などで「市民」が誕生した頃、それまでの「市民」が「中産階級以上の健康な男性のみ」を示していたことに対し、女性にも同等の権利を求めるなど、聖職者、貴族・王族、市民といった分類によって人を区別する社会を撤廃するべく行われた。 1914年~1918年の第一次世界大戦、1939年~1945年の第二次世界大戦で、若者の男性は戦場に駆り出され、主に女性が国内の生産現場を担った。1945年に第二次世界大戦が終了すると、帰還兵の就職口を作るために現場で働いている女性たちが職を追われた。しかし多くの女性はその後も工場・農場・伝統的な女性職の領域で働き続け、戦争が引き起こした人手不足は女性の積極的労働参加を促し、「女性も男性と同じ仕事ができる」という考えが広まった。 1963年に起きたアメリカの第二波フェミニズムでは、ベティ・フリーダン『女らしさの神話(邦題:新しい女性の創造)』(ISBN 447988033X)が大きな反響を呼び、女性解放運動(ウーマンリブ運動)の引き金となった。当時「女性の幸せ」とされたのは「仕事はほどほどにして早期に結婚し、専業主婦となり、夫を支える」というものだった。この考えはメディアやドラマなどの創作物で盛んに取り上げられ、常識となっていた。 ベティ・フリーダンは、結婚で自分のキャリアが終了し、専業主婦という幸せであるはずの生活で幸せを感じられず、自分を責め精神科にかかり、アルコールや睡眠薬の依存性に苦しむ女性たちが増えていく社会で、苦しみは女性の感じ方の問題ではなく、社会における女性の立ち位置の問題であると断じた。これにより単に働く権利だけでなく、職場における平等、男子有名大学などへの入学の権利、キリスト教によって否定されていた中絶の合法化など多様なトピックが現れ、「男性の持つ特権への批判」「中絶など自己決定権に対する抑圧への批判」に繋がった。そしてベトナム戦争の反戦運動と共に、男社会に対する不満を抱えた女性たちによる「女とはこういうものだ、こうするべきだ、などの常識から解放されよう」という、女性解放運動(ウーマンリブ運動)がアメリカ中を圧巻し、世界に広まった。
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