グラスファイバー弓・カーボンファイバー弓[昭和42年〜 ]とは? わかりやすく解説

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グラスファイバー弓・カーボンファイバー弓[昭和42年〜 ]

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/06 19:27 UTC 版)

和弓」の記事における「グラスファイバー弓・カーボンファイバー弓[昭和42年〜 ]」の解説

1967年昭和42年7月、オランダ・アメルスフォートで開催され第24回アーチェリー世界選手権大会に、全日本弓道連盟から唯一和弓選手として派遣され宮田純治選手が、アーチェリー選手最長90mの距離を飛ばし的中競う為、内竹・外竹の代わりにアメリカから輸入した反発力の強いグラスファイバーFRPFiber Reinforced Plastic)を使用した和弓開発し同大会に使用したのが起源月刊秘伝2012年11月号 参照 )。同氏が、1972年昭和47年)にミヤタ総業株式会社設立しグラスファイバー弓の製造販売開始。のちにカーボンファイバーFRP使用した弓も開発販売する。「学校弓道-的中率効果的な練習方法-」(1984年5月刊行著者高垣俊廣、発行株式会社タイムス)によると、「<グラスファイバー弓>現在(1984年)では学生弓道界の主流をなしているグラスファイバー弓について言及しておきたい思います日本弓は単材弓としての丸木弓から、平安時代になって複合弓考案され、伏竹弓ができ、三枚打弓(平安時代末期)、四方竹弓(室町時代)へと進歩し、現在も使用されている弓胎(ひご)弓-発生時代不明-がつくられるようになりましたこのような一連の日本発展過程において、グラスファイバー弓の出現は、時代変遷に伴う国際的交流科学的社会生んだ新製品と言えます。現在のグラスファイバー弓は日本弓の形状そのまま保存し、その材質グラスファイバーFiberglass Reinforced Plastics・・・以下FRPと言う)を使用したものです。現在(1984年時点)、社会人高段においては弓胎弓が主流として使用されていますが、学生弓道においてはFRP弓が多く使用されています。FRP弓の創始者宮田純治氏です。<時代背景宮田氏の言によればFRP弓の必要性強く感じた理由と、当時の社会背景次のように語ってます。昭和39年1964年東京オリンピック先立つ数年前東京オリンピック弓術種目が入るという話題持ち上がった時、日本における弓の代表団体である全日本弓道連盟が、国際競技への参加獲得していたため、全日本弓道連盟挙げて国際競技対す研究取り組むことになりました。(当時アーチェリー連盟日本体育協会加盟許可されておらず、現在に比べれば組織力技術力においてまだ発展途上ありました。)東京後楽園球場)において、和洋混合国際競技大会が行われ、宮田氏は選手として出場し日本伝統和弓使用して70メートル90メートル競技において3位入賞しました(1・2位は洋弓)。当時全日本弓道連盟弓具改良研究し、短い竹弓の試作試みましたが約一年後方針転換し洋弓との競射は行わず日本弓道独自の道を歩む方向転換しましたので、すべての研究ストップすることになりました。もし研究続行され進歩していれば、FRP弓も誕生していたと考えられます。宮田氏はその後FRP弓と日本弓との取り組みあきらめず洋弓見られ洗練された美しさと優秀性、理念の高さなどに引き込まれていき、国際的技術として通用するよう、射術弓具について更に深く研究続けていきました洋弓国際ルールでは4種目で、男子は(30メートル50メートル70メートル90メートル)各36射、計144射が1ラウンド4日間、2ラウンド協議行います屋外多少風雨では競技実施されるため、日本弓製の弓・矢と革の弽・麻弦では、耐候性の点において、洋弓化学的製品比べ格段劣勢は明白でありました。そこで洋弓関係者からFRP購入し、7尺の和弓張りつけて引くといった工夫実験重ね、矢も米国イーストン社のジュラルミンシャフトを矢として使用するなどの研究続けていきました国際競技参加持っている全日弓連に対しては、洋弓界から参加働きかけがあり、再び国際競技への参加計画され昭和42年7月オランダ開催され世界選手権戦に洋弓選手5名とともに和弓代表者として宮田氏がただ一人日本弓で参加しました弓具の差は歴然とし、結果惨敗終わりましたその後間もなく国際競技への参加は、全日本アーチェリー連盟移譲されましたが、宮田氏の日本改良対す情熱は一層強くなり、新し素材であるFRP使用して試行錯誤しつつ、5年歳月経過した後、昭和47年1972年9月会社設立しFRP弓の製造販売開始するところとなりましたその後次々とFRP弓のメーカーが出るようになり、学校弓道においては不可欠弓具となってます。」と説明されている。その他現在、グラスファイバー弓の製作メーカー・ブランドとして、タカハシ弓具(肥後山)、小山弓具(直心)、大洋弓具製作所(粋)等が存在する

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