イオニア式とコリント式の萌芽とは? わかりやすく解説

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イオニア式とコリント式の萌芽

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/03/25 03:23 UTC 版)

ギリシア建築」の記事における「イオニア式とコリント式の萌芽」の解説

イオニア式は、紀元前6世紀末には小アジア交易行っていたイタリア南部に及び、パエストゥムヘーラー第1神殿細部装飾その影響窺われるが、本格的な導入は、紀元前500年頃に建設されアテーナー神殿内陣前柱においてであった南イタリア同じよう小アジア交流深かったアテナイも、紀元前5世紀頃イオニア式導入するようになり、紀元前450年頃には、アッティカ最初イオニア式である女神デーメーテール神殿(現在は消失)が建設された。イオニア式は、建築優雅華美なものにするというイオニア人特有の美意識によって形成されたが、アテナイにおいてもこれは受け入れられ独自にアレンジされ表現された。 紀元前437年から紀元前433年建設されプロピュライアは、アクロポリス唯一の入り口であり、すでにミュケナイ時代から門があったことが知られている。正面は、中央通路部分をやや広くしたドーリア式オーダー列柱構成されているが、内部通路イオニア式配置されている。また、西面南側の壇上には、プロピライアドーリア式対照を成す女神ニーケー・アプテロス(翼なき勝利の女神)の神殿建っている。このアテーナー・ニーケー神殿は、ペロポネソス戦争一時的に収束しアクロポリス再建計画最終段階入った紀元前427年に、ペルシア戦争勝利カリアス和平)を記念して建設されたものである。幅4.13m、奥行3.83mのイオニア式小神殿で、表裏ともに前柱式の平面を持つアンフィ・プロスタイルと呼ばれる形式である。円柱内陣を囲む壁は、ともに半円トルスを持つ基壇の上載り浮き彫り施したフリーズを持つエンタブレチュアをその上部に巡らせて、正面および背面、そして側面統一している。また、神殿下部アクロポリス城壁の縁にも女神浮き彫り取り付けられた。アテーナー・ニーケー神殿のように、小規模建築イオニア式オーダー用い彫刻などで装飾するという手法は、紀元前4世紀頃に葬祭建築応用されることになる。 アクロポリスの最も神聖な場所であり、アテーナー・ニーケー神殿同時期に起工されたエレクテイオンは、ペロポネソス戦争再開によって紀元前409年まで工事中断し完成したのは紀元前406年である。宗教行事を行う機能上、それまで神殿よりも複雑な平面を持つが、内部保存状態が悪いため、いくつかの復元案がある。基礎以外はペンテリコン産の白大理石造られているが、フリーズエレウシス産の青灰色石灰石で、表面大理石浮き彫りを釘留めしていた。入り口正面にあたる東側北側設けられ北入口は敷地高低差により東より低く、そのポーチ建物本体から西に雁行して取り付けられている。南面には西端にカリアティディス(女性像型の)を持つ演壇があるが、特に対称性全体秩序意識されておらず、建築としてはまとまり欠ける。しかし、こうした不整形平面建物イオニア式採用することができたのも、イオニア式調和性と形態自由さ故のことである。 紀元前5世紀後半になると、イオニア式影響ギリシア本土におよぶが、小アジアのものと比較する基の形式フリーズ有無、ディンティルの有無といった相違がある。ヘレニズム時代一般的となるイオニア式は、総じてギリシア本土形成されたものを基本としているが、装飾性の高いイオニア式は、ドーリア式よりも細部変化大きく紀元前5世紀末から発展するコリント式オーダーは、アッティカイオニア式オーダー発展形態考えられている。従って、ギリシア建築コリント式オーダーとしての独立性乏しくドーリア式採用されることもあった。 紀元前675年遡る歴史を持つとされるバッサイ神域のアポローン・エピクリオス第IV神殿は、紀元前5世紀末に建設された、幅14.4m、全長37.8mの周柱式神殿である。パウサニアスイクティノス設計したものとしているが、エンタシス細部比例はパルテノーンほど精密ではない。外部円柱ドーリア式であるが、内陣はたいへん個性的で、付け柱というにはあまりに突出した、ほとんど控壁のようなイオニア式型が並べられた。このような付きイオニア式は、おそらくギリシア最古実例である。また、内陣中央には一本コリント式円柱設けられたが、このコリント式についても、神殿採用されたものとしては、ギリシア最古のものである

※この「イオニア式とコリント式の萌芽」の解説は、「ギリシア建築」の解説の一部です。
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