民主党 (アメリカ)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/22 23:50 UTC 版)
党の思想や傾向など
党の基本的立場
一般に共和党が市場を重視する「小さな政府」を推進するのに対し、民主党は平等主義を志向し、政府の役割を重視する「大きな政府」を推進するとされる。そのため民主党は福祉(公的扶助)に関して拡充を目指し、公的扶助受給者に対して介入を行うことに反対する傾向がある。対して共和党は公定扶助をできる限り縮小するとともに、公的扶助受給者には勤労論理教育や労働を義務付けることを目指す傾向がある。ただし民主党でもニューデモクラットなどは公的扶助受給者に労働を課すことを主張する傾向がある[86][87]。
民主党は健康保険制度について、国民皆保険制度に前向きである[88]。ビル・クリントン政権下ではファースト・レディのヒラリー・クリントンの提唱による国民皆保険の公的健康保険制度(ユニバーサルヘルスケア)の導入案が1994年後半の議会にかけられている(議会の多数を握る共和党の反対で挫折した)[89]。また、バラク・オバマ政権下では民間保険会社が販売する健康保険の購入を公的補助のもと国民に義務付けた医療保険制度改革(オバマケア)が発効している(2017年に政権に就いた共和党のトランプ政権がオバマケアの廃止を目指して裁判所に違憲として提訴し、係争中となっている[90])。
累進課税・相続税の強化・法人税引き上げに賛成の立場を取る[87]。また、自由貿易主義を主張する共和党とはやや一線を画す国内産業保護主義を取る。特に労働組合や環境派などのリベラルに自由貿易反対の傾向が強い。他方ニューデモクラットは自由貿易に前向きであることが多い[87]。
共和党に比べて環境問題への取り組みに積極的であり、政府による規制を強化することで公害の除去・防止や環境保全を進めようとする考えを支持している[86][87]。地球温暖化問題に取り組む民主党のアル・ゴア元副大統領は、ドキュメンタリー映画『不都合な真実』での環境問題に対する啓発活動が評価され2007年のノーベル平和賞を受賞するなど話題になった[91]。
LGBTの権利の擁護にも積極的で[92]、同性婚やシビル・ユニオンに賛成する者が多いと言われる[87]。
武器保有権を定めたアメリカ合衆国憲法修正第2条を「州の権利」と理解することで、これを「個人の権利」と理解する共和党に比べると銃規制に前向きと言われる[87][92]。
死刑制度・執行に反対する傾向がある。1988年に連邦最高裁判所が死刑の再開を認めて以降の連邦政府による死刑執行は全て共和党政権下(ジョージ・W・ブッシュ政権、トランプ政権)で行われており、民主党政権下では行われていない。現在の民主党の大統領であるジョー・バイデンも死刑廃止論者である[93]。
他に選挙資金改革[92]・刑事司法・移民制度改革[92]・マリファナの合法化[94]などにも前向きな傾向がある。ただしアメリカは政党規律が弱いので、以上に挙げたような傾向に全ての民主党員が当てはまる訳では無い点に注意を要する[87]。
中道派と左派
2016年アメリカ合衆国大統領民主党予備選挙・2020年アメリカ合衆国大統領民主党予備選挙など、近年の民主党内では中道派(中道左派・穏健派)と左派(急進左派)の対立がよく見られる。左派とは社会保障の大幅な拡充を訴え、その財源として大企業・富裕層からの「富裕税」の取り立て[95]・国防費[96]・警察予算[97]の削減を主張する勢力である。対する中道派はそれに反対ないし慎重な立場をとる勢力である[95]。
左派あるいは急進左派の代表的人物としてはバーニー・サンダース[98]、エリザベス・ウォーレン[99]、アレクサンドリア・オカシオ=コルテス[98]、イルハン・オマル[100]、ラシダ・タリーブ[100]などがいる。
対する中道派の代表的人物としてはジョー・バイデン[101][102]、カマラ・ハリス[102]、ヒラリー・クリントン[103]、ピート・ブティジェッジ[101]、エイミー・クロブシャー[104]などがいる。また、元大統領のビル・クリントン[105] やバラク・オバマ[106] 、アル・ゴア[107]元副大統領も中道派とされる。ナンシー・ペロシ下院議長も左派を警戒する立場である[100]。
1991年にサンダースが6人で発足させた下院民主党左派議員の集まり「議会進歩派議連」は2018年にオカシオ・コルテスら若手の当選により95人に増加し、今や同党下院の4割を占めており、その分中道派は細ってきている[102]。左派台頭の原因は冷戦時代の実感が薄い1980年代以降生まれの「ミレニアル世代」が、自由を抑圧する社会主義の負の側面への抵抗感より、格差の是正への期待を左派に寄せるようになったためだという指摘がある[108]。
2016年アメリカ合衆国大統領選挙の民主党の敗因として、当時の候補であったヒラリー・クリントンが左派を軽視しすぎたせいで左派の票が得られなかったという分析があったため、2020年アメリカ合衆国大統領選挙での民主党の大統領候補であるバイデンは、政策をかなり左派に寄せた[102][109]。左派も前回の反省から2020年アメリカ合衆国大統領選挙では全面的にバイデン支援に回った[110]。しかしそのために大統領選挙ではドナルド・トランプから「バイデンは極左に乗っ取られた操り人形」[102]、「社会主義者の『トロイの木馬』」[111] と執拗に攻撃された。共和党の戦略アドバイザーのホイット・エドワーズは「バイデンが左派の政治家になれば、国民全体の過半数をまとめることができるはずの自身の能力を損なうだろう」と分析する[102]。
2020年アメリカ合衆国大統領選挙にてバイデンの当選確実が出た後、左派はバイデンに閣僚ポストなどを見返りとして要求していると伝えられるが[110]、閣僚ポスト配分は現在のところ中道派を中心に行われており、左派たちは蚊帳の外に置かれて不満を抱いていると報道されている[112]。また2020年連邦議会選挙の民主党の党勢が振るわなかったことについて、左派と中道派の間で責任の押し付け合いが発生していると伝えられる。大統領選挙戦中は「打倒トランプ」を優先して対立を避けた両派だったが、バイデン当選後は封印してきた対立に再燃の兆しがあると報じられている[100]。
党の外交問題に対する立場
民主党は外交については一般に国際機関やグローバル・アジェンダを重んじた国際協調主義の立場を取るとされており[87]、単独行動主義の強い共和党との対比で民主党はハト派とされることが多い。共和党に比べると軍事力行使にもやや消極的である[87]。しかし、第1次・第2次世界大戦や朝鮮戦争、ベトナム戦争などへの参戦は民主党政権によって行われており、必要と判断すれば戦争をためらうような党ではない。またコソボ空爆などの例がある様に先進国各国の協力・支援が取り付けられれば国際連合を無視した武力行使も辞さない。
2020年アメリカ合衆国大統領選挙で当選を確実にしたジョー・バイデンは、「アメリカは戻ってきた。アメリカは世界を率いる用意がある」「アメリカは同盟諸国と組んだ時が最も強力だ」と述べ、ドナルド・トランプ時代のアメリカ第一主義から決別し、「同盟重視」を前面に打ち出していく立場を表明している[113]。
対中政策
中国に対しては議会を中心に保護貿易主義の傾向が強いため、対中貿易赤字には敏感である。ナンシー・ペロシ下院議長などを中心とするリベラル派が人権問題やチベット問題を非難するなど近年は中国の軍事拡張に批判的な姿勢を取るケースが増えつつある。このことから近年党内では対中強硬派が台頭している。中国が香港の自治を踏みにじる「香港国家安全維持法」を施行したことに対抗して、2020年7月1日に民主党が過半数を占める下院は、中国に制裁を科す「香港自治法案」を全会一致で可決させた。ペロシ下院議長は「国家安全維持法は香港の人々に対する残忍で徹底的な弾圧であり、約束されていた自由を破壊しようしている」と中国を批判した[114]。2020年アメリカ合衆国大統領選挙の時にバイデンは中国の習近平総書記のことを「100万人のウイグル族を収容所に入れた悪党」と名指しで非難している[115]。
当選後もバイデンは中国の不公正な貿易慣行や人権侵害などについて「中国政府に責任を負わせる」と述べ「中国と競う上で、志を同じくする同盟国やパートナー国と連合することによって我が国の立場は一層強くなる」「我が国だけなら世界経済に占める割合は約25パーセントに過ぎないが、民主的なパートナー国と連合すれば、経済的な影響力は2倍以上になる」と述べ、トランプ政権の同盟国軽視の単独行動主義を批判すると共に同盟国と連携して中国に対抗していく考えを示した[116][117]。
台湾政策
2020年アメリカ合衆国大統領選挙の政策綱領において「台湾関係法」の履行を約束し、台湾住民の期待と最良の利益に合致した両岸問題の平和的解決を引き続き支持するという立場を表明した。中華民国(台湾)外交部は「これを歓迎し、感謝する」「今後も引き続きアメリカ民主党、共和党の両方と緊密な協力関係を築き、共通の価値観に基づく台米のグローバル・パートナーシップをより深める」とする声明を出した[118]。
対ロシア政策
2016年アメリカ合衆国大統領選挙に介入して党の大統領候補であるヒラリー・クリントンの当選を妨害したと言われていることがあって[119]、民主党内は反ロシアの機運が強く、「もっとも主要な敵」と位置付けている[120]。
中東政策
中東問題に関しては、共和党ほど親イスラエルではない傾向がある。2016年12月23日には民主党のオバマ政権が、イスラエル政府や親イスラエル派のドナルド・トランプ(当時次期大統領)からの要求を退けて、イスラエル入植活動停止を求める国連安保理決議に拒否権を発動せず、同決議を可決させている。イスラエル政府とトランプはこの対応を激しく批判した[121][122]。しかしオバマ政権は立場を変えず、同年12月28日には同政権のジョン・フォーブズ・ケリー国務長官がイスラエルの入植活動を公然と批判する演説を行った。アメリカの主要閣僚が同盟国のイスラエルを公然と非難するのは極めて異例のことだった[123]。
民主党急進左派でムスリム系の下院議員イルハン・オマルとラシダ・タリーブは特に反イスラエル的な言動で知られ、イスラエル政府から反ユダヤ主義者として批判されている。2019年に彼女らがイスラエルが占領しているヨルダン川西岸や東エルサレムを訪問しようとした際、トランプ大統領が「オマール議員とタリーブ議員の訪問を認めたら、イスラエルは大きな弱みを見せることになる。2人はイスラエルと全てのユダヤ人を憎んでいるし、その考えを変える手立てはない。ミネソタ州とミシガン州で2人が再選されるのは困難だろう。不名誉な議員だ!」とツイートし、2人を入国禁止にするようイスラエル政府に呼びかけた。イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相がこれに応じて「(両議員の)唯一の目的はイスラエルを傷つけ、イスラエルに対する反逆を扇動することだ」として2人を入国禁止処分に処した事件があった[124][125]。
カナダ・ヨーロッパ諸国
比較的リベラルなカナダ・ヨーロッパ諸国とは相性が良いことが多い。2020年アメリカ合衆国大統領選挙でもバイデン当選とトランプ落選の報道にカナダ・ヨーロッパ諸国は総じて歓迎ムードである[126][127]。
党の支持層
長期の共和党政権が続いた第三政党制・第四政党制期(1854年-1932年)には共和党が北部を支持基盤とし、近代産業の振興の立場を取ったのに対して、民主党は南部を中心とした勢力を支持基盤に持ち、南部の農場主等の権益の擁護を中心としていた。南北戦争で敗戦地にされ、取り残された南部の人々はリンカーンを出した共和党への怨嗟の念を強め[128]、「南部の失われた大義」の感情を持ち、共和党の対立政党である民主党を支持した[50]。南部の民主党支持の伝統はこの後長期にわたって続き、貧者の党である民主党内に南部の貴族的な有産者階級が多数混じるという奇妙なねじれ現象を起こすことになった[128]。南部以外でこの時期に民主党を支持したのは北部の移民たちだった。彼らは都市部や工場で低賃金で働く社会の底辺層を構成し、現状の社会に不満を募らせ、民主党支持に傾いた[129]。特にカトリック移民は、プロテスタント国家権力の干渉から私生活の自由を求める願望が強く、民主党の個人的自由の訴えに共感した[50]。さらに資本主義の進展で共和党がますます商業・工業の党になっていくにつれて、西部の中小農民も取り残された人々となり、彼らも民主党支持へ傾いた[130]。
1920年代以降都市大衆を基盤とした政党への転換がみられるようになり、特に世界恐慌の最中の1932年にフランクリン・ルーズベルトが大統領に就任してホワイトハウス入りし、大恐慌で苦しむ都市労働者・黒人(アフリカ系アメリカ人)・カトリック教徒・ユダヤ系市民・そして民主党の伝統的な支持基盤である南部人らを結集したいわゆる「ニューディール連合」を形成することとなった[131]。
しかし、ルーズベルトの登場後は民主党の都市化・左傾化は決定的となり、南部民主党はその不満から共和党とともに保守化を強めていった[60]。1964年の公民権法および1965年の投票権法の後、多様な価値観を内包する党は、公民権立法などの人種政策の実施過程において、南部白人層の離反を招くことになった。これにより両党の中心的な基盤は変化し、大統領選の駆け引きにおいて南部の州はより確実に共和党寄りとなり、北東部の州はより確実に民主党寄りとなった。1970年代から1980年代にかけては南部民主党の保守派が次々と共和党へ移るようになり[132]、1980年や1984年の大統領選挙では「レーガン・デモクラット」(南部白人の民主党員が共和党のロナルド・レーガンに投票した現象)も発生している[68]。
また女性の権利をめぐる中絶論争で進歩的な政策を取ることから宗教的保守派などの離反も招いた。ここに二大政党制の再編成が起こり、民主党は窮地に追いやられることになったといわれている。その後もヒトES細胞の研究の可否・同性愛の諾否(性的少数者・LGBTの権利諾否)・同性間における結婚(同性結婚)の諾否など、キリスト教国家として宗教的価値観と関連する問題で一般に進歩的な政策をとることから、宗教的保守派(ただし、カトリック教会は除外)の支持は失っている。
かつては強力だった労働組合の要素は1970年代以降は小さくなったが、労働者階級は民主党の重要な構成要素であることに変わりはない。また、都市部に住む人々・女性・大学卒業者・ミレニアル世代・性的・宗教的・人種的マイノリティも民主党を支持する傾向にある[133][134][135]。
現在の主な支持層は東海岸・西海岸及び五大湖周辺の大都市市民及びプロフェッショナル・アカデミア・若年層・労働階級である[136]。また黒人(アフリカ系)・ヒスパニック(ラテン系・南米系)・アジア系(フィリピン系アメリカ人・華僑・日系アメリカ人・韓国系アメリカ人など)などの非ヨーロッパ系の人種的マイノリティにも民主党支持者が多い[137]。ただしヒスパニックのうちキューバ系はキューバで共産革命が起きた際に亡命してきた人やその子孫が多いので、反共主義の感情が根強く共和党支持者が多い[138]。
アリゾナ・ニューメキシコ・モンタナ・ノースダコタ・サウスダコタ・ワシントンD.C.・アラスカ・アイダホ・ミネソタ・ウィスコンシン・オクラホマ[139] ・ノースカロライナなどに住むネイティブ・アメリカン(インディアン)も大半が民主党を支持している。ネイティブアメリカンの民主党への投票率の高さは黒人のそれを超える[140]。
また、音楽産業やハリウッド映画産業などのエンターテインメント業界からの支持が強いのも特徴である。大統領選挙や中間選挙などでは、民主党を支持している著名なミュージシャンや俳優など芸能関係者が応援演説に駆け付ける姿が恒例となっている。2020年アメリカ合衆国大統領選挙でもビリー・アイリッシュやテイラー・スウィフトがバイデン支持を表明したり[141]、レディ・ガガがバイデンの応援演説に駆けつけたり[142]、ブラッド・ピットがバイデンのキャンペーンCMに出演したり[143]、映画『アベンジャーズ/エンドゲーム』の監督ルッソ兄弟がバイデンの選挙活動を支援するための資金集めパーティーを企画してクリス・エバンス、スカーレット・ヨハンソン、ポール・ラッド、マーク・ラファロ、ドン・チードル、ゾーイ・サルダナら映画出演者が参加するなどしている[144][注釈 3]。
「マサチューセッツ州、ニューヨーク州、カリフォルニア州は民主党が優勢な州である」と認識されているが、1908-2004年の25回の大統領選挙で最多得票を獲得した候補者の所属政党を見ると、マサチューセッツは民主党が17回-共和党が8回、ニューヨークは民主党が14回-共和党が11回、カリフォルニアは民主党が11回-共和党が13回-独立党派が1回である。1957-2006年と現職の州知事の在職期間を見ると、マサチューセッツは民主党が26年-共和党が28年、ニューヨークは民主党が26年-共和党が28年、カリフォルニアは民主党が20年-共和党が34年である。近年の知事の在職期間を見ると、マサチューセッツは1991-2007年、ニューヨークは1995-2006年、カリフォルニアは1983-1999年、2003-2011年は共和党の州知事の在職期間である。
注釈
出典
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