M-Vロケット
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/05/22 07:04 UTC 版)
M-V | |
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ASTRO-E の打ち上げを待つ M-V 4号機(2000年2月) | |
基本データ | |
運用国 | 日本 |
開発者 | ISAS、日産自動車、IHIエアロスペース |
運用機関 | ISAS、JAXA |
使用期間 | 1997年 - 2006年 |
射場 | 内之浦宇宙空間観測所 |
打ち上げ数 | 7回(成功6回) |
開発費用 | 165億円[1] |
打ち上げ費用 | 約75億円[2] |
原型 | M-3SIIロケット |
公式ページ | ISAS - M-Vロケット |
物理的特徴 | |
段数 | 3段 |
ブースター | なし |
総質量 | 140.4t |
全長 | 30.8 m |
直径 | 2.5 m |
軌道投入能力 | |
低軌道 |
1.85t 250 km / 31度 |
脚注 | |
機体によって構成が異なるため、値は一例。 |
概要
M-Vロケットはミューロケットシリーズの第2期計画であるABSOLUTE計画の第2段階であり、第1段階のM-3SIIロケットで打ち上げられたさきがけやすいせいによる彗星探査以降、惑星探査の機運が高まったことに伴い提案されたものである。政策としては1989年6月改訂の宇宙開発政策大綱において宇宙科学研究の一層の推進と全段固体ロケット技術の最適な維持発展、内之浦宇宙空間観測所の有効利用を目的として位置付けられ、1990年から開発がはじまった。開発開始以前からM-Vと呼ばれており[3]、第1段に尾翼をもつ点が異なるが、それ以外の設計は完成型とほぼ同じであった[4]。
1995年に内之浦宇宙空間観測所から最初の打ち上げを予定していたが、モーターケースの素材として採用された高張力鋼HT-230の水素脆性に関する問題が1992年5月に発見され、材料の選定からやり直す必要があったために完成が2年遅れることとなった。先任のM-3SIIロケットは1995年に運用終了となっていた為、打ち上げ予定が大幅にずれ、火星探査機のぞみはこの影響を最も受けてしまった。
1号機の成功以降、4号機の失敗(後述)以外の打ち上げ実験は全て成功裡に行われ、7機打ち上げ6機成功という結果を残したが、2006年7月26日、M-Vロケットの廃止の決定が下された[5]。2006年9月23日のSOLAR-Bの打ち上げを最後に現役を退き、糸川英夫博士のペンシルロケットに起源を持つ、完全国産固体燃料ロケットであるミューシリーズの最終機種となった。
ミューシリーズで培われた様々な固体燃料系技術は、H-IIA/H-IIBの固体ロケットブースターSRB-Aや、小型科学衛星シリーズの打ち上げで宇宙科学研究所が中心的に利用する予定のイプシロンロケットなどに活用され、その他の技術は多くの国産ロケットに継承される事になる。
特徴
各段の構造と制御
一段目のM-14は内面燃焼の固体燃料ロケットを高張力鋼(HT-230M)のモーターケース(液体ロケットのエンジンに相当)に納めており、姿勢制御は可動ノズルによる推力偏向制御(Movable Nozzle Thrust Vector Control、MNTVC)によって行われる。一般にMNTVCはジンバルに接続された燃焼室の向きを変えることで行われるが、M-Vでは柔軟な素材(ゴムと金属の多層構造)で製作されたノズルの形を変形させることで行われる。[6]二段目のM-24も高張力鋼のモーターケースを持つが、姿勢制御はノズル内部への液体(過塩素酸ナトリウム)噴射による推力方向制御(Liquid Injection Thrust Vector Control、LITVC)が採用されている。[6]三段目のM-34ではモーターケースの素材として炭素繊維強化プラスチック(CFRP)が採用されている。オプションで4段目にキックモーターを搭載することも可能であり、その場合には月遷移軌道や太陽周回軌道に500kgの探査機を打ち上げることが可能となる。キックモーターKM-V1のモーターケースの素材も炭素繊維強化プラスチック(CFRP)である。
またM-34とKM-V1では全長を短縮するために、ロケット収納時には折り畳まれ分離後に全長が伸びる伸展ノズルが採用された。この伸展ノズルはM-3SIIロケット4号機のキックモーターではじめて実用化されたものである。M-34の姿勢制御にはMNTVC、KM-V1にはスピン安定が採用されている。
斜め打ち上げ
近年開発された大型ロケットには珍しく、海側に傾けたレールランチャーにより斜めに発射される。M-3SIIまでは重力ターン方式による飛行マニューバのため、斜め打ち上げは必須であったが、誘導機能が強化されたM-Vの場合は垂直に打ち上げても衛星軌道投入は可能である。しかし、M-Vが従来通り斜め打ち上げであるのは、ロケットの打ち上げに失敗した場合、いち早く海側に投げ落とすことで発射台の被害を最小限に抑えるためである。
世界最大級と弊害
全備重量139トンというM-Vロケットの大きさは、同じ三段式固体燃料ロケットを採用したアメリカ空軍のICBMであるLGM-118ピースキーパー(88.5トン)や同型モーターを採用したロッキード・マーティン社のアテナ II ロケット(120.7トン)、ロシアのSLBMであるR-39(90トン)をしのぎ、世界最大級の固体燃料ロケットとなっている。ただしブースターも含めればスペースシャトル固体燃料補助ロケットと、その派生型のアレスIの一段目が世界最大の固体燃料ロケットである。
しかし、M-Vは大量に作られるこれらのミサイルや多くの商業ロケットとは異なり、1機1機が衛星・探査機に合わせて組み立てられた特注品であり、積荷にあわせた仕様に調整することができるが、その分高価であることが弱点である。また、そのランチャーは発射時の噴進反射波がロケット側に直接跳ね返る構造であるため、発射時に大きな震動が加わり、衛星に損傷を与えかねない危険もはらんでいた。
仕様
M-Vロケットは衛星毎にカスタマイズされているため統一的な仕様が存在しない。代表例として1号機及び5号機の仕様を記す。(1号機/5号機)
括弧内は参考としてM-3SIIロケットのもの。
- 全長: 30.7/30.8 m(27.8m)
- 直径: 2.5/2.5 m(1.41m)
- 重量: 139/140.4 t(61t)
- 低軌道への打ち上げ能力(ペイロード): 1,800/1,850 kg[注 3][7](770kg)
主要諸元一覧
段数(Stage) | 第1段 | 第2段 | 第3段 | キックステージ | |
---|---|---|---|---|---|
諸元 | 全長[9] | 30.7m | 17.1m | 9.7m | 6.0m |
代表径 | 2.5m | 2.5m | 2.2m | 1.2m | |
各段点火時質量[9] | 139t | 52t | 14t | 2.4t | |
固体 ロケット モータ |
モータ名称[注 4] | M-14 | M-24 | M-34a[9] | KM-V1 |
全長 | 14.46m | 6.35m | 3.45m/4.13m (収納時/伸展時) |
1.57m/1.97m (収納時/伸展時) | |
代表径 | 2.5m | 2.5m | 2.2m | 1.2m | |
ケース材料 | HT-230M HT-150 |
HT-230M HT-150 |
CFRP (FW) |
CFRP (FW) | |
推進薬 | BP-204J | BP-204J | BP-205J | BP-205J | |
モータ質量 | 80.7t | 33.6t | 10.9t | 1.57t | |
推進薬重量 | 70t | 30t | 10t | 1.37t | |
真空比推力 | 278sec | 293sec | 301sec | 298sec | |
平均真空推力 | 4214kN | 1372kN | 294kN | 58.8kN | |
有効燃焼時間 | 45sec | 63sec | 101sec | 68sec | |
- | 誘導方式 | ストラップダウン方式光ファイバージャイロ/電波誘導方式 | |||
制御システム | ピッチ・ヨー | 可動ノズル | 2次液噴射 | 可動ノズル | |
ロール | 小型固体ロケットモータ | 小型固体ロケットモータ | サイドジェット |
段数(Stage) | 第1段 | 第2段 | 第3段 | キックステージ[11] | |
---|---|---|---|---|---|
諸元 | 全長 | 30.8m | 17.2m | 8.6m | 4.6m |
代表径 | 2.5m | 2.5m | 2.2m | 1.4m | |
各段点火時質量 | 85t | 39t | 16t | 3.3t | |
固体 ロケット モータ |
モータ名称 | M-14 | M-25 | M-34b | KM-V2 |
全長 | 13.73m | 6.61m | 3.61m/4.29m (収納時/伸展時) |
1.87m/2.30m (収納時/伸展時) | |
代表径 | 2.5m | 2.5m | 2.2m | 1.4m | |
ケース材料 | HT-230M HT-150 |
CFRP (FW) |
CFRP (FW) |
CFRP (FW) | |
推進薬 | BP-204J | BP-208J | BP-205J | BP-205J | |
モータ質量 | 83t | 37t | 12t | 2.7t | |
推進薬重量 | 72t | 33t | 11t | 2.5t | |
真空比推力 | 274sec | 292sec | 301sec | 301.7sec | |
平均真空推力 | 3760kN | 1520kN | 337kN | 82.8kN | |
有効燃焼時間 | 51sec | 62sec | 94sec | 89.8sec | |
- | 誘導方式 | ストラップダウン方式光ファイバージャイロ/電波誘導方式 | |||
制御システム | ピッチ・ヨー | 可動ノズル | 可動ノズル | 可動ノズル | |
ロール | 小型固体ロケットモータ | 小型固体ロケットモータ | サイドジェット |
3号機以降の仕様変更
1号機の打ち上げ後、そのままの性能では月・惑星探査を行う2, 3号機の要求を満たせないことが明かになった。これによって、2, 3号機以降では第3段モーターを120mm伸長し、推薬を約700kg増量する改良が行われた。他に、推薬に添加される球形Alの生産が終了したためにKM-V1に使用されているものと同じものに変更されている。1号機の第3段はM-34a、増強が行われた2号機以降の第3段はM-34bと呼ばれる[9]。
5号機以降の仕様変更
第2段モーターがM-24からM-25に変更されている。構造においては、モーターケース材の高張力鋼からCFRPへの変更が行われ、構造重量を2割削減した上、M-34のケース材より強度の高い材質を使用している。これによってM-24の約2倍の燃焼内圧を実現し、推力が向上された。また、燃焼内圧の向上に伴いノズルは小型化され、第1段前部鏡板はFITH時の座屈防止のために板厚が4.3mmから5.5mmまで増厚されている。姿勢制御においてはLITVCからノズル自体を可動とし熱電池を用いて電動アクチュエータで駆動するMNTVCへの変更がなされている。また、第1段SMRCの4方向3機ずつ計12機削減とそれによる後部筒の軽量化、第1段と第2段をつなぐ1/2段接手の単純化、第2段と第3段をつなぐ2/3段接手の短縮化が施された。これらは主にコストダウンおよび高性能化を目的として以前より研究が進められていたものであり、4号機の打ち上げ失敗をきっかけとする変更ではない。4号機の失敗に起因する仕様変更は、第1段及び第3段ノズル材のグラファイトから3D-C/C複合材への変更のみである[11]。なお、オプションのキックモーターKM-V2を使用した場合は、3段目を地球周回軌道に投入することができず、その代わり、正規状態(3段式)のカタログスペックである地球周回軌道投入能力1.85トンを上回る能力の発揮が可能である。
5号機以降での仕様変更は大幅なものであったために、欧米のWebサイトでは5号機以降のM-VロケットをM-V-IIやM-5(2)等と表記している場合がある。
7,8号機の仕様変更
7,8号機においてはH-IIAロケット6号機の打ち上げ失敗原因解析結果の水平展開として第1段に2機搭載されている指令破壊装置点火系計装の位置冗長化が図られた他、新たに耐熱保護カバーが設置された[11]。
不採用技術
当初はM-24モーターのノズルとして外装伸展・展開スラット型高開口比ノズルを採用することも考えられていた[12]。これは、M-34の伸展ノズルと同様に4機の自己投棄式ダブル・リバース・ヘリカルスプリング伸展機構によってモーター点火後にノズルを伸展させ、さらにノズル内圧によって8枚のスラットを花弁状に展開、エクジット・コーンを形成するというものであり、展開後のノズル出口径はM-Vの機体直径である2.5mを大幅に越えるものとなる構想であった。また、ノズルスロート材としては2D-C/C複合材を用いる予定もあった。
上記の伸展機構に関して1991年7月24日に能代ロケット実験場で真空燃焼試験が行われた。1/8スケールモデルが装備されたTM-250E/EECモーターが用いられ、点火4秒後にノズルが伸展、さらにその1秒後にスラットが展開され、燃焼は正常に終了した。しかし、伸展力の設定値が過小であったため伸展動作は万全ではなかった。この真空燃焼試験によって外装伸展・展開スラット型高開口比ノズルシステムの成立性は実証されたが、実機には採用されなかった。
注釈
- ^ ラムダ(Λ)ロケットの例でも「Lambda」のLが取られており、基本的にラテン文字が使われている。
- ^ Unicodeの互換文字において、ローマ数字は同じグリフのラテン文字と「等価」と指定されており、文字コード上はラテン文字のアルファベットで表記されていることが多い。
- ^ 5号機以降の低軌道打ち上げ能力は2.3tであるとする説もある。
- ^ Mはミューロケットを意味し、Mに続く数字は段数と開発番号を表す。例えばM-14は4番目に開発されたミューロケットの第1段モータであることを意味する。
- ^ KM-V1は3号機のものに異常が発生した為に交換された。搭載するLUNAR-Aのペネトレータ開発が大幅に遅れたことからM-14,M-34bをノズル周辺の改修の後、6号機に流用した。M-24は5号機以降の仕様変更で用いられなくなった為に保管されていたが、2008年3月に行われた燃焼試験に用いられ、経年劣化による特性の変化等が調べられた。
- ^ 当時の衛星・探査機には女児名が続いていたことから生粋の男児名として「ひりゅう(飛龍)」の名が用意されていたが、打ち上げ失敗により命名は見送られた。また愛称の公募には4000件を超える応募が寄せられていたが、応募者にはお詫びのはがきが送付された。
出典
- ^ 宇宙航空研究開発機構 (2004年3月25日). “世界におけるロケットの現状”. 2024年5月22日閲覧。
- ^ 文部科学省宇宙開発委員会推進部会 次期固体ロケットプロジェクトの事前評価結果 付録2 次期固体ロケットについて - 宇宙航空研究開発機構 宇宙基幹システム本部 固体ロケット研究チーム 森田泰弘 / 2007年8月27日
- ^ ISASニュース 1989.6 No.102
- ^ ISASニュース 1991.1 No.118 特集:月/惑星探査計画
- ^ 今後のM-Vロケット等について(JAXAプレスリリース)
- ^ a b “M-V型ロケットの推力方向制御(TVC)装置”. 宇宙科学研究所報告 47. (2003) .
- ^ 低コスト化で岐路に立つM-Vロケット (日経BP)
- ^ 日本の航空宇宙工業 50年の歩み (日本航空宇宙工業会)
- ^ a b c d 宇宙科学研究所報告特集第47号 (ISAS)
- ^ “M-Vロケットパンフレット”. 宇宙航空研究開発機構. 2024年5月22日閲覧。
- ^ a b c 宇宙航空研究開発機構特別資料 M-V型ロケット(5号機から8号機まで) - 2008年2月 ISSN 1349-113X
- ^ ISASニュース 1991.9 No.126 TM-250E/EEC真空燃焼実験終了
- ^ JAXAが新型固体燃料ロケットの開発へ (スラッシュドット) 消失済元記事 (MSN毎日)
- ^ ISASニュース No.241 小型低コストのM-V-Liteと、それによる理工学ミッション
- ^ ISASニュース号外 No.288e Mロケットの明日を"読む"
- ^ 宇宙作家クラブニュース掲示板 No.1028 午前8時35分からの記者会見その2 (松浦晋也)
- ^ “GXロケット及びLNG推進系に係る対応について” (pdf). 宇宙開発戦略本部事務局 (2009年12月16日). 2009年12月17日閲覧。
- ^ M-V廃止が、文科省不信を決定づけた
- ^ “イプシロンロケット事業の促進について”. JAXA (2011年1月12日). 2011年1月12日閲覧。
- ^ a b Research on an Advanced Solid Rocket Launcher in Japan (第26回宇宙技術および科学の国際シンポジウム)
- ^ H-IIAロケット解説資料 (JAXA)
固有名詞の分類
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