M-Vロケット
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/05/22 07:04 UTC 版)
M-Vロケットの廃止とイプシロンロケット
JAXAは、ISASから引き継いだM-Vロケットと、NASDAから引き継いだH-IIA/H-IIBの2系統のロケットを維持・開発してきたが、M-Vを廃止して新型の固体燃料ロケットを開発するという報道が2006年3月になされた[13]。その後、同年7月26日にはM-Vロケットの廃止が決定された。
この背景には、M-Vロケットの半分弱の能力を持つM-3SIIロケットを廃止したため、科学衛星をM-Vロケットの能力に合わせて開発してしまったことへの反省がある。M-VはICBMにも転用可能な性能を持っており、それに合わせた衛星は科学衛星としては大型かつ高価過ぎ、M-V自体の価格もあいまって、予算上の理由から衛星開発の間隔が延びざるを得ない。
ISASとしても、M-Vより小型で低価格のロケットを開発して、小型衛星を多数打ち上げたいという意向を持っていたため、M-Vロケットの1段目を省略して第2段からキックモータまでの3段式とし、ノーズフェアリングに集中させた電子装備を回収, 再使用する案(M-V Lite)[14]や、第1段へのCFRP一体型モーターケースの採用や機体構成・製造プロセス・運用システムを見直し、搭載電子機器の統合・簡素化を行う案(M-VA)[15]を模索していたところであった。また、8号機打ち上げ後の記者会見では森田プロジェクトマネージャーよりSRB-A流用とH-IIAとのコンポーネントの共通化によるコスト削減案を検討している旨が述べられている[16]。
約75億円でペイロードが2t弱というM-Vの打上げ費用が、当時開発中だった規模が同程度のGXロケットより高いという問題もあった。しかし後に、そのGXロケットも1機の費用がM-VはおろかH-IIAより高くなる見通しになったため、開発が中止されている[17]。
一方、H-IIAロケットと比較した場合、M-Vの方がペイロード重量あたり単価が高いため、衛星によってはH-IIAに相乗りして打ち上げた方が安いこともあり得る。
このような事情から2007年、H-IIAのSRB-Aを改造して1段目に使用し、2・3段目にはM-Vロケットの3段目と4段目を改良して使用することで低軌道に1.2tのペイロードを投入する案が採用され、「次期固体ロケット」の仮称で開発を開始した。当初、次期固体ロケットはまず2段式を開発し、オプションとして3段目を追加できるとしていた。この案ではペイロードが500kgと、M-Vに比べてあまりに貧弱であり、また比推力が液体ロケットより低い固体ロケットを2段式で使用するためきわめて非効率なロケットになってしまうため、次期固体ロケットへの批判とM-V存続(もしくはM-V Liteの開発)の声が巻き起こった。また、かつて同じようにSRBとMシリーズの上段を組み合わせたJ-Iロケットが事実上失敗したことも、次期固体ロケットを批判する材料になった。しかし次期固体ロケットの開発が進むにつれ、関係者が次期固体ロケットの意義を説明したこと、2段式案が消えて最初から3段式としたことなどから、批判の声は沈静化した。批判者の一人である松浦晋也は、M-Vの廃止は旧科学技術庁の官僚が傍系の「東大ロケット」の末裔であるM-Vを嫌った結果であり、その結果文科省への不信を生んだとする見方を示している[18]。2010年4月、JAXAは次期固体ロケットの名称を「イプシロン (Ε)」とすることを発表した。
なお、M-Vロケットの廃止に伴って内之浦宇宙空間観測所の閉所と種子島宇宙センターへの集約も検討されたが、イプシロンロケットの打ち上げを内之浦で行う方向で検討が進められ、2012年に内之浦での打ち上げが正式決定された[19]。イプシロンロケット1号機は2013年9月14日に内之浦宇宙空間観測所から人工衛星(衛星軌道投入後に「ひさき」と命名)の打ち上げに成功した。
以下に、M-Vロケットと他のロケットとの費用比較を掲げる。
低軌道打ち上げ能力 | コスト | 低軌道1t当たりの価格 | 射場作業日数 | |
---|---|---|---|---|
M-Vロケット | 1.85t | 75億円*1 | 約41億円*1 | 47日[20] |
イプシロンロケット | 1.2t | 25 - 30億円(予定)*1 | 21 - 25億円(予定)*1 | 7日(予定)[20] |
H-IIAロケット 202型機体 |
10t | 85億円 | 8.5億円 | 約20日[21] |
*1 ロケットの製造と輸送・打ち上げ費用を含む
つまりイプシロンはM-Vに比べ搭載能力で6割、費用で半分以下、所要日数では遥かに短縮出来る。
イプシロンロケットは開発費用に200億円を予定しているが、年間1機の打ち上げを想定した場合、イプシロンロケットはM-Vより年45 - 50億円安くなることになる。これと小型低価格の科学衛星を組み合わせることで、科学衛星1基あたりの経費を半減し、開発間隔を短縮することを狙っている。
注釈
- ^ ラムダ(Λ)ロケットの例でも「Lambda」のLが取られており、基本的にラテン文字が使われている。
- ^ Unicodeの互換文字において、ローマ数字は同じグリフのラテン文字と「等価」と指定されており、文字コード上はラテン文字のアルファベットで表記されていることが多い。
- ^ 5号機以降の低軌道打ち上げ能力は2.3tであるとする説もある。
- ^ Mはミューロケットを意味し、Mに続く数字は段数と開発番号を表す。例えばM-14は4番目に開発されたミューロケットの第1段モータであることを意味する。
- ^ KM-V1は3号機のものに異常が発生した為に交換された。搭載するLUNAR-Aのペネトレータ開発が大幅に遅れたことからM-14,M-34bをノズル周辺の改修の後、6号機に流用した。M-24は5号機以降の仕様変更で用いられなくなった為に保管されていたが、2008年3月に行われた燃焼試験に用いられ、経年劣化による特性の変化等が調べられた。
- ^ 当時の衛星・探査機には女児名が続いていたことから生粋の男児名として「ひりゅう(飛龍)」の名が用意されていたが、打ち上げ失敗により命名は見送られた。また愛称の公募には4000件を超える応募が寄せられていたが、応募者にはお詫びのはがきが送付された。
出典
- ^ 宇宙航空研究開発機構 (2004年3月25日). “世界におけるロケットの現状”. 2024年5月22日閲覧。
- ^ 文部科学省宇宙開発委員会推進部会 次期固体ロケットプロジェクトの事前評価結果 付録2 次期固体ロケットについて - 宇宙航空研究開発機構 宇宙基幹システム本部 固体ロケット研究チーム 森田泰弘 / 2007年8月27日
- ^ ISASニュース 1989.6 No.102
- ^ ISASニュース 1991.1 No.118 特集:月/惑星探査計画
- ^ 今後のM-Vロケット等について(JAXAプレスリリース)
- ^ a b “M-V型ロケットの推力方向制御(TVC)装置”. 宇宙科学研究所報告 47. (2003) .
- ^ 低コスト化で岐路に立つM-Vロケット (日経BP)
- ^ 日本の航空宇宙工業 50年の歩み (日本航空宇宙工業会)
- ^ a b c d 宇宙科学研究所報告特集第47号 (ISAS)
- ^ “M-Vロケットパンフレット”. 宇宙航空研究開発機構. 2024年5月22日閲覧。
- ^ a b c 宇宙航空研究開発機構特別資料 M-V型ロケット(5号機から8号機まで) - 2008年2月 ISSN 1349-113X
- ^ ISASニュース 1991.9 No.126 TM-250E/EEC真空燃焼実験終了
- ^ JAXAが新型固体燃料ロケットの開発へ (スラッシュドット) 消失済元記事 (MSN毎日)
- ^ ISASニュース No.241 小型低コストのM-V-Liteと、それによる理工学ミッション
- ^ ISASニュース号外 No.288e Mロケットの明日を"読む"
- ^ 宇宙作家クラブニュース掲示板 No.1028 午前8時35分からの記者会見その2 (松浦晋也)
- ^ “GXロケット及びLNG推進系に係る対応について” (pdf). 宇宙開発戦略本部事務局 (2009年12月16日). 2009年12月17日閲覧。
- ^ M-V廃止が、文科省不信を決定づけた
- ^ “イプシロンロケット事業の促進について”. JAXA (2011年1月12日). 2011年1月12日閲覧。
- ^ a b Research on an Advanced Solid Rocket Launcher in Japan (第26回宇宙技術および科学の国際シンポジウム)
- ^ H-IIAロケット解説資料 (JAXA)
- 1 M-Vロケットとは
- 2 M-Vロケットの概要
- 3 実績
- 4 M-Vロケットの廃止とイプシロンロケット
- 5 実機展示
- 6 関連項目
固有名詞の分類
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