新潟市 歴史

新潟市

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/27 00:03 UTC 版)

歴史

原始から古代

現在の新潟市域における人々の営みの始まりは、約2万年前の旧石器時代に丘陵と山麓を中心に始まった。古墳時代前期にはヤマト王権の勢力下にあり、647年大化3年)には北方の蝦夷支配の拠点として渟足柵が設置された。
奈良時代が始まる8世紀前半、国―郡―郷を単位とする地方制度が整った。信濃川の河口には蒲原津があり、蒲原津は越後国の国津として人や物資の集まる交通の要所となった。新津丘陵では須恵器や鉄の生産が始まり、信濃川左岸の低地ではサケの漁獲・加工が行われた。また、海岸砂丘地帯では塩が作られた。[12]

中世

戦国時代の1520年永正17年)に「新潟」という地名が記録に出てくるようになる。新潟津は信濃川河口左岸にあり、蒲原津沼垂湊と合せて、当時「三か津」と呼ばれた。新潟津が現れてから蒲原津は衰え、新潟津が信濃川・阿賀野川河口の中心的な湊となった。
1580年天正8年)。阿賀北(阿賀野川以北)の武将、新発田重家が新潟津を占拠し、上杉景勝(上杉謙信の後継者)との抗争が始まったが、1586年(天正14年)、新発田方に味方していた新潟・沼垂の町民たちが上杉方へ寝返り、上杉方は新潟・沼垂を制圧することができた。新潟津を失った新発田氏は翌1587年(天正15年)に滅ぼされ、越後国は上杉景勝によって統一された。[12]

近世

錦絵『新潟湊之真景』安政6年(1859年)井上文昌筆(新潟県立図書館蔵)
1859年(安政6年)に二代目歌川広重によって描かれた新潟の様子。
1598年慶長3年)、上杉景勝は豊臣秀吉の命令で会津(福島県)への国替えとなり、新潟湊は長岡藩領、沼垂湊は新発田藩領となった。長岡藩は新潟に新潟町代官を設置し新潟町となる。その後、信濃川・阿賀野川河口部の地形が変化し、新潟湊は1655年明暦元年)に信濃川左岸、現在の古町の地に移転した後に1676年(延宝4年)に長岡藩によって新潟町奉行が設置された。同じ時期に越後平野の生産力が増加し。北前船の西回り海運が安定する時期までに移転を終えた新潟湊は、1697年元禄10年)には、日本海側屈指の湊に発展していた。
1768年明和5年)、長岡藩による御用金を原因とする一揆である新潟明和騒動が発生。江戸時代後期、新潟湊では唐物(中国製品)と俵物(北海道製品)の密輸が行われていたことから幕府は密輸を摘発。1843年天保14年)に新潟町を幕府領にした。(新潟上知
1858年安政5年)に締結された日米修好通商条約で、幕末開港された開港5港の一つとして新潟湊は日本海側における開港場となった。しかし、1868年慶応4年)、新政府軍と旧幕府側との間に戊辰戦争が勃発。同年7月の北越戦争で新潟町は戦場になり、戦災で市街地を焼失した状態で明治維新を迎えた。[12]

近代

新潟港は、1869年1月(明治元年11月)に開港。1870年(明治3年)に県庁所在地となり、白山公園の開設や第四銀行の設立、新潟県会の開設など近代化が進められた。また、1870年(明治3年)に長岡藩の支藩の三根山藩は、戊辰戦争で困窮していた長岡藩救援米百俵を贈った。
新潟町は1879年(明治12年)に寄居村を編入して新潟区となり、1889年(明治22年)には新潟区と関屋村が合併して市制施行し、新潟市となる。当時の市域は「新潟島」に相当する。明治30年代に新津油田の機械掘削が本格化。大正期に新津町は「石油の町」として栄えて国内最大の油田となり、新潟市・沼垂町では石油産業が発達した。
1931年(昭和6年)に上越線が全通。翌1932年(昭和7年)には、中国東北部に満洲国が建国される。新潟港は東京から鉄道で最も近い日本海側の港となり、政府は政府命令航路である新潟発着の日満航路を開設。新潟港は対岸進出の拠点港になった。
1941年12月の真珠湾攻撃によって開戦した太平洋戦争の戦局が悪化。B-29による大規模空襲は受けなかったが、1945年(昭和20年)8月11日、原子爆弾が投下されるおそれが高いとして市民に緊急疎開が布告され、市街地は無人に近い状態で終戦を迎えた[12]。実際に新潟は候補地のひとつであったが「新潟は工業が集中している地区と小さな工場を含んだ居住地域とが互いに遠く離れているため、この種の攻撃のためには不適当である」として外されていた[13]

現代

市制施行から現在までの合併の経緯
太平洋戦争が終結した10年後の1955年(昭和30年)、新潟大火が発生。1964年(昭和39年)6月、マグニチュード7.5の新潟地震が発生した。また、天然ガス採取によって新潟島をはじめとする中心部の地盤が沈下し、阿賀野川流域では有機水銀による中毒に奇病(四大公害病新潟水俣病)が発生した。1985年(昭和60年)までに690人が患者と認定された。
高度経済成長期は自然災害からの復興、公害対策などの環境行政問題に追われていたが、1963年(昭和38年)に国土開発の一つとして、新潟東港の建設工事が着工した。1969年(昭和44年)に新潟東港が開港して、日本海側の貿易中枢港となった。
1973年(昭和48年)に新潟空港にハバロフスク線が開設し、北東アジアを中心に国際線が増加。1982年(昭和57年)に上越新幹線が開通。また、1997年(平成9年)までに関越自動車道北陸自動車道磐越自動車道が全線開通し、高速交通網の日本海側の結節点となった[12]

行政区域の変遷・市町村合併

新潟市は1889年の市制施行以後、1914年の信濃川右岸の沼垂町との合併を皮切りに周辺地域と編入合併していったが、高度経済成長期以後の20世紀の間は合併がなかった。21世紀に入ってすぐ黒埼町を編入。その後周辺12市町村を編入し、次いで巻町を編入した。そして2007年4月1日に政令指定都市に移行し8つの行政区が設置された。




注釈

  1. ^ 他の4港(函館,神奈川(横浜),兵庫(神戸),長崎)とは異なり、新潟港は、米・英・仏・蘭・露の5ヶ国が希望する港としての条件を満たしておらず単独での運用は難しかったため、佐渡・夷港(現:両津港)と合わせて運用する条件の下で「開港5港」の一つとなった。すなわち、信濃川河口にある新潟港は当時は水深が浅く大型外国船が入港できないこと、また、他の4港のように湾の中や内海に位置しないため荒天時の入港が困難なことなどから、大型外国船に対しては佐渡・夷港で荷や人員を小型船に移し替える、また、荒天時は佐渡・両津湾に停泊し天候回復後に新潟港に入港することとした。[参考] にいがた経済新聞社「新潟港は開港150周年 現代にまで続く新潟における開港の意味とは」港別みなと文化アーカイブス - 新潟港明治期における新潟開港場、新潟県編『新潟県史 資料編 12 近世七 幕末編』1984年 399頁。
  2. ^ 2019年現在。
  3. ^ 新潟市、新発田市、聖籠町の2市1町から構成される水道事業団体。受水団体として、前述の3自治体に明和工業を加えた計4団体が参画している。
  4. ^ 新潟県が50%、流域市町村が50%を出資する公益財団法人。
  5. ^ 新潟市と聖籠町の1市1町から構成される。
  6. ^ 新潟市と阿賀野市の2市から構成される。

出典

  1. ^ 新潟市HP 政令指定都市のあゆみ
  2. ^ file-49 マンガ王国・新潟”. 新潟文化物語. 2024年4月9日閲覧。
  3. ^ 新潟県歴史委員会2010
  4. ^ 角川地名15
  5. ^ 統計でみる市区町村のすがた2021” (XLS). 総務省統計局. 2022年4月4日閲覧。
  6. ^ 8区のイメージカラー(新潟市政策企画部シティプロモーション推進課)
  7. ^ 選ばれる都市 新潟市~ウイズコロナ・ポストコロナ時代のまちづくり~”. 新潟市 (2021年2月). 2021年2月27日閲覧。
  8. ^ 新潟市通2
  9. ^ 資料1 中心市街地関連データ集”. 平成21年度新潟市まちなか再生本部中間報告書. 新潟市. 2021年2月27日閲覧。
  10. ^ 統計でみる市区町村のすがた2018 B 自然環境 - 統計局
  11. ^ 岡村治「新潟県における定期市場網の地域的差異 ー市掛行動の分析を通してー」『人文地理』第41巻、1989年、216-236頁、doi:10.4200/jjhg1948.41.216 
  12. ^ a b c d e あゆみ
  13. ^ 新潟がゴーストタウンになった日。知事が命じた「原爆疎開」 | ハフポスト
  14. ^ 新潟県庁:新潟県の構造改革特区・地域再生:新潟県の特区・地域再生計画
  15. ^ 平成24年度地方公共団体の主要財政指標一覧、総務省。
  16. ^ 新潟市議会 平成17年 9月定例会本会議 -09月16日-03号
  17. ^ 平成26年度末 新潟県汚水処理人口普及率 - 新潟県(2015年9月17日更新)2016年1月23日閲覧
  18. ^ 「消化ガス」利用 発電施設が稼働 - 新潟日報(2013年1月29日付Web版)同年2月2日閲覧
  19. ^ 京都市:「京都市・新潟市 観光・文化交流宣言」調印について
  20. ^ 『わたしのまちが「日本一」事典 市町村でくらべて新発見』PHP研究所28頁
  21. ^ 平成18年度データ、新潟市総務部「新潟市の市民経済計算」より
  22. ^ a b 平成29年新潟県観光入込客統計 p.42”. 新潟県. 2019年1月11日閲覧。
  23. ^ 南区観光パンフレット - ウェイバックマシン(2019年1月11日アーカイブ分) - 新潟市南区観光協会
  24. ^ 新潟音芸、p.987
  25. ^ 新潟1998、p.70
  26. ^ a b 新潟1998、p.69
  27. ^ a b c 新潟1998、p.68
  28. ^ 伝統芸能情報 北関東・新潟地域連携軸
  29. ^ a b 新潟音芸、p.149
  30. ^ 新潟音芸、p.188
  31. ^ a b 新潟音芸、p.101
  32. ^ 藤村、p.150
  33. ^ a b c 新潟音芸、p.381
  34. ^ 新潟音芸、p.411
  35. ^ 新潟音芸、p.413
  36. ^ 新潟音芸、p.423
  37. ^ a b 新潟音芸、p.415
  38. ^ 新潟音芸、p.419
  39. ^ 新潟音芸、p.45
  40. ^ a b 新潟音芸、p.759
  41. ^ 「新潟市に名誉市民制」『日本経済新聞』昭和25年12月1日3面






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