同性結婚 同性結婚の前史

同性結婚

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/01/02 09:33 UTC 版)

同性結婚の前史

人類には、異性愛者ばかりでなく同性愛者もいることは有史以来知られていた。

歴史上で確認された最古の同性カップルは、古代エジプトの、KhnumhotepとNiankhkhnumであると言われている[9]。彼らはエジプト第5王朝の時期にニウセルラー王 (Niussere) の宮殿のマニキュア師の監督官の称号を共有しており、「国王の腹心たち」と記された墓に共に埋葬されている。 しかし、同性愛者の近代的婚姻について本格的に議論され始めたのは、ごく最近で1980年ごろからである。法制度的に整備され始めたのは、世界的に見ても1990年代からである。

歴史的には、異性間の婚姻と同様に、同性同士による親密な関係が社会的に承認される文化や制度は存在している。たとえば、ヒッタイト帝国の法典では、奴隷身分の男性が結納金を納める事で自由民の若者を娶り夫となる権利を保証している[10]。エジプトのシーワ・オアシスでは、1940年代に禁止されるまで父兄に結納金を納めて少年を婿に迎える同様の同性婚が行われており、最も長く続いた同性婚制度のひとつとされる[11]

ペデラスティ(念者と念友関係の制度化)

古代ギリシアでは、年上の男性(エラステース、念兄)が未成年の少年(パイス、念弟)に求愛して稚児(パイディカ)もしくは愛人(エローメノス)の関係を結び、少年愛を通じて年少者を教育し、一人前の男性に成長させるパイデラスティアー[12](ペデラスティ Pedrasty)という社会規範があった[13]。ことに軍事国家として知られるスパルタでは、パイデラスティアーは軍制度の一部として社会的義務となっていた[14]

パイデラスティアーの社会的承認には、求愛者であるエラステースの社会的地位が問題にされ、その関係は、結婚と同様、性的な側面だけでなく、特別な社会的宗教的な責任が伴っていた。古代ローマ時代のストラボンによれば、拉致による略奪婚も盛んに行われたが、立派な成人男性にかどわかされる事は名誉な事と考えられていたという[15]プラトンは著作『法律』においてゼウスにさらわれたガニュメデスの神話について、パイデラスティアーを神聖視したクレタ人の創作であろうと考察している[15]

ベルダーシュ(片方の性転換)による異性愛婚姻擬制

古代ローマでは、共和政の時代から同性どうしでの結婚式が行われている[16]。例として、マルクス・アントニウスは青年時代に妻として小クリオと結婚している。また、帝政時代に皇帝ネロが最初は妻として、二度目は夫として男性と結婚式を挙げた。また、エラガバルス女装して男性と結婚式を挙げている。しかし、これらの男性同士の婚姻はローマ法の上では制度として定かではなく、実態としては社会に公認された事実婚だったという議論が行われている[16]。古代ローマでの同性婚はキリスト教を国教としたコンスタンティウス2世の時代に禁止された。

このように、同性同士の一方が、性を転換して結婚することが、社会的に承認され、制度化されていた例としては、北アメリカ大陸の先住民族の若干の部族に、かつて存在したベルダーシュ (berdache) 制が挙げられる。

これは、身体は男性であっても女性の心を持つと主張する個人、または逆に身体は女性であっても男性の心を持つと主張する個人には、幼少期から女性(男性)の役割と責任を引き受けることで、女性(男性)として生きることを、その部族社会が承認し、その心の性の人間として扱う制度である。

そうした身体とは異なる性として扱われる個人をベルダーシュ[17]と呼ぶ。

部族社会からベルダーシュと認められた彼ら(彼女ら)は、当然のように部族の他の男性(女性)と結婚することが可能であった。その場合、ベルダーシュたちは自然な女性(男性)と同様に「妻(夫)」として高く評価された。

同様な制度はベーリング海峡流域の島に居住するアルーテック族(Alutiiqが現行の民族名・言語名。人類学文献では古い自称からAleut、また居住する島名からKodiakと表記されている)、チュクチ族などにもあり、20世紀初めには、まだ見られたようだ。

このベルダーシュ制は、近代以前の同性結婚の例として、社会学や同性愛研究の文献などにもよく登場する。こうした制度は、近代文明が波及するにしたがい、白人の宣教師たちによって「同性愛的な悪習」とされ、禁止され失われていった。そして、20世紀後半からは、今度は近代的な性同一性障害者の性転換治療という近代科学的な装いをまとった「治療法」が、全世界的レベルで普及していくことになる。

日本および中国の伝統的な同性愛関係

一方、古代ギリシャのペデラスティとほぼ同様な制度も、東アジアアフリカなど、世界の他の地域にも存在した。

中国 福建省

たとえば、中国明代から清代にかけて福建省の南部では、同性愛(当時は「南風」と呼ばれていた)が流行していた。大量の史料によって、当時この一帯では「契兄弟」と「契児」が盛んに行われていたことが裏づけられている。例えば、沈徳府(1578年-1642年)の『万暦野獲編』補遺巻三の「契兄弟」にはこうある。

「福建人はひどく男色を重んじ、貴賎、美醜を問わず、それぞれ同類ということで付き合う。年上のほうが契兄、若い方が契弟になる。弟の父母は兄を娘婿のように慈しみ可愛がり、弟のその後の生計や妻を娶る費用は、すべて契兄が引き受ける。たがいに愛し合う者は、正月を迎えるにも夫婦のように寝台を共にすることを尊ぶ。はなはだ親しいのに思いどおりにならない者が、抱き合って波中に溺れる(心中する)ことがつねにみられる。これは年齢も容貌も似たりよったりである者だけである」()内は筆者

「ちかごろ契児と称するものは淫を好み、ともすると多額の金を費やして容貌の美しい者を集め、寝具をいいものにすることを重んじ、父親を自任し、多数の若者を子どものように扱う」

とある。同性愛の関係が「契兄弟」「契児」といった擬制的な兄弟関係、親子関係として扱われていたことがわかる。

福建のこの風習は、売春のような一時的な快楽を追求する性的な遊びのようなものではなく、かなり真面目なものだったようだ。特に契兄弟の同居は婚姻に似通い、たがいに貞操義務を持っていた、二人の関係は公然たるもので、父母や親戚、朋友など社会的にも認められていた。さらに二人が関係を始めるに当たっては、契弟や契児が童貞(つまり初婚)であれば、初婚の女性と婚姻する場合と同じように、契兄や契父は結納を贈り、三茶、六礼といった婚姻と同様の儀式が行われていた[18]

一般に、この風習は年長者が仁をもって年少者を導くという儒教的な伝統に根差していると思われていた。現在でも、香港カンフー映画などに見られるカンフーマスターと若き弟子の師弟関係に、どこか近いものが感じられる。

日本

福建省のように結納、三茶、六礼といった式典こそ無いものの、日本にも似たような同性同士の関係があった。

南北朝時代ないし室町時代に成立した「秋夜長物語」など、著名な稚児物語男性同性愛文学)に描かれているように仏教寺院の僧侶と稚児の間に、年長者が年少者を性的にも愛して導くような関係があったことはよく知られている。また、この風習は武家の間にも浸透し、織田信長森成利(乱丸、蘭丸)[19]のように、儒教的な君臣関係の中に、同性愛的な関係が融合しているケースもある。

江戸時代には、こうした男性同士の関係は、衆道と呼ばれ、年少者のほうを特に「念者」と呼ぶような一般的な呼称まで存在した。また同性カップル相互の年齢や社会的な地位が近い場合には「義兄弟」という兄弟関係に擬制されることもあった。この場合はパートナー相互を「念友」と一般的に呼称した[20]

近代における同性結婚概念の成立

このように、人類の歴史において、おもにユダヤ・キリスト教の影響の及ばない地域では、同性愛の関係も、人間の持つ自然な感情とされ、そのパートナーシップが社会から尊重され、さまざまに制度化されてきた歴史がないわけではない。ただ、それらの多くは、古代ギリシャのペデラスティ、江戸時代の衆道に代表されるように、男女の婚姻関係よりも、師弟関係、君臣関係、親子関係、友人関係などに擬制される場合が多かった。そうでなければベルダーシュ制のように、どちらか一方の社会的な性別の変更を伴った上で、擬制的な異性愛として婚姻関係を結んでいた。

同性愛のカップルが異性愛のカップルである結婚と相似な関係であるとみなされ、性の転換をともなわない状態で、それに擬制され始めたのはごく最近のとこで、19世紀後半から20世紀にかけてと思われる。また本格的に議論の対象になり、社会的に制度化され始めたのは、20世紀も後半になってからのことだ。

これには、二つの理由が考えられる。

一つは、近代社会のベースを作ったのは欧米のキリスト教社会だが、そこでは、同性愛が長きにわたり反自然な罪悪として、禁圧の対象だったことだ(実際としては同性愛は広く見られた)。そのためペデラスティやベルダーシュ制に類するような同性同士の社会的な関係に関する伝統的な習俗は絶滅してしまった。

もう一つは、そのキリスト教社会が世俗化し、教会が絶対的な権威を失って、同性愛者たちが社会の表面に現れ始めたのとほぼ同時期に、異性愛カップルの結婚にも変化が現れたことである。それまで結婚は、日本の家制度に代表されるように、結婚する男女が属する共同体同士の絆を結ぶために行われることが一般的だった。しかし近代になって、結婚はそうした前近代的な関係から脱して、個人同士の親密さを基盤とした、よりプライベートな結びつきへと変化していったのである。

とくに20世紀に入って、男女の恋愛関係や結婚が、個人の愛情と意志に基づくことが普通になり、その関係を社会的にも保障する制度などが整備されてきた。それにともない、同性愛者の間にも、そうしたプライベートなパートナー関係への欲求が高まり、同性結婚に対するあこがれや、それを保障するような社会制度を要求する声が、彼らの間からも出始めたものと思われる。

世界で最初の同性結婚カップルは、1989年10月1日に、デンマークの登録パートナーシップ法により結婚した、ゲイの権利活動家のAxel Axgilと実業家のEigil Axgilである。


注釈

  1. ^ 同性結婚は、50州全てとワシントンD.C.アメリカ領サモアを除く全ての準州、および一部の部族で法律によって承認されている。
  2. ^ 同性結婚は、英国全土とカリブ海以外の領土で行われているが、カリブ海のアンギラ英領バージン諸島ケイマン諸島モントセラトタークス・カイコス諸島では認められていない。
  3. ^ 同性結婚は、ボネール、シント・ユースタティウス、サバを含むオランダの法律によって認められている。それ以外の地域、アルバ、キュラソー、シント・マールテンではほとんど認められていない。
  4. ^ 同性結婚は、ニュージーランド本土で法律によって認められているが、ニュージーランド王国を構成するトケラウクック諸島ニウエでは認められていない。
  5. ^ Same-sex marriage is legally performed and recognized in the states of Aguascalientes, Baja California, Baja California Sur, Campeche, Chiapas, Chihuahua, Coahuila, Colima, Hidalgo, Jalisco, Michoacán, Morelos, Nayarit, Nuevo León, Oaxaca, Puebla, Quintana Roo, San Luis Potosí, and Mexico City as well as in some municipalities in Guerrero, Querétaro and Zacatecas. Marriages entered into in these jurisdictions are fully recognized by law throughout Mexico. In other states, same-sex marriage is available by court injunction (amparo).

出典

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  8. ^ たとえばフランスでは、協議離婚の制度がなく、離婚には必ず家庭裁判所審判と許可が必要である。むしろ届出だけで婚姻離婚も成立してしまう日本の婚姻制度はフランスのPACSなみに貧弱な制度であると指摘する意見もある。(参考:水野紀子「カップルの選択-サビーヌ・マゾー=ルブヌール教授講演「個人主義と家族法」コメント東北大学大学院法学研究科水野紀子ホームページ、2003年1月14日 「同上」『ジュリスト』1205号、有斐閣、2001年、84-86頁)
  9. ^ 松原 2015, pp. 30–32.
  10. ^ 松原 2015, pp. 29.
  11. ^ 松原 2015, pp. 285.
  12. ^ 20世紀後半の研究によれば「パイデラスティアー」という言葉は、相手が少年でなくても隷属関係下の男性同性愛全般を指す一般用語として使われていたと見られている。
  13. ^ 松原 2015, pp. 84–86.
  14. ^ 松原 2015, pp. 120–124.
  15. ^ a b 松原 2015, pp. 63–66.
  16. ^ a b 松原 2015, pp. 168–175.
  17. ^ ベルダーシュという言葉自体は、もともと「同性愛少年奴隷」を指すフランス語が語源らしい。北米大陸にやってきたフランス人がアメリカ先住民の同性愛者や女装者に対して使った呼称が定着し、やがて英語でberdasheという単語が定着したようだ。どこか北米先住民の「奇習」を侮蔑しているようなニュアンスがある。ベルダーシュの北米先住民の間での呼び名は、部族によってまちまちで、そのあり方も部族や時代によって異なっていたようだ。ナバホ族では「ナドレ」モハーヴェ族は、男性から女性になるベルダーシュを「アリハ」女性から男性になるベルダーシュを「フワメ」と呼んだ。クテナイ族では「カパルケ・テク」、ラコタ族やス一族の間では「ウィンクテ」と呼ばれていた。(参考:石井達朗 『異装のセクシャリティ 人は性をこえられるか』 新宿書房、1991年、ISBN 4880081531
  18. ^ (参考:呉存存、鈴木博訳『中国近世の性愛―耽美と逸楽の王国』 青土社、2005年、225p ISBN 4791762002
  19. ^ 信長と森成利の関係については同性愛的な関係ではなかったという異説ならびに異論もある。詳細は森成利参照。また、武田信玄小姓春日源助」、伊達政宗と只野作十郎など戦国期には主君と家臣間の同性愛が窺える文書が確認されているほか、織田信長前田利家上杉景勝清野長範などの主従関係にも同性愛的要素が指摘される二次史料が残っている。
  20. ^ (参考:平塚良宣 『日本における男色の研究』 人間の科学社、1997年 ISBN 4822601234
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