五十音 五十音の概要

五十音

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/03/19 06:16 UTC 版)

ひらがなカタカナ別の五十音表の画像

概説

日本語では単純母音が5つしかないこと、子音それぞれとの組み合わせがほぼ完全対応であることなどが、仮名および音素を理解する手段として五十音図をわかりやすく手軽なものにしている。しかし日本語の仮名、音素が文字通り50個である訳ではない。表上では欠落したり重複したりしている文字・音素がある。また五十音図は清音のみを示すが、他に濁音半濁音長音促音撥音拗音、などがあり、発音の総数は100以上ある。

元来、漢字を示す手段である反切を説明するものとして考案されたものとされるが[1]、その子音と母音を分析的に配した体系性が、後には日本語の文字を体系的に学習するのにも利用されるなど様々な用途を生んだ。

構成

五十音
  わ行 ら行 や行 ま行 は行 な行 た行 さ行 か行 あ行  
、ン)
/n/
[N][n][m][ŋ][ɲ]
ほか鼻母音など
、ワ
/wa/
[β̞ä]
、ラ
/ra/
[ɺä]
、ヤ
/ya/
[jä]
、マ
/ma/
[mä]
、ハ
/ha/
[hä]
、ナ
/na/
[nä]
、タ
/ta/
[tä]
、サ
/sa/
[sä]
、カ
/ka/
[kä]
、ア
/a/
[ä]
あ段
、ヰ
/wi/
[i]
、リ
/ri/
[ɺʲi]
𛀆()、𛄠()

/yi/

[i]

、ミ
/mi/
[mʲi]
、ヒ
/hi/
[çi]
、ニ
/ni/
[nʲi]
、チ
/ci/
[t͡ɕi]
、シ
/si/
[ɕi]
、キ
/ki/
[kʲi]
、イ
/i/
[i]
い段
𛄟()、𛄢()

/wu/

[ɯ̹]

、ル
/ru/
[ɺɯ̹]
、ユ
/yu/
[jɯ̹]
、ム
/mu/
[mɯ̹]
、フ
/hu/
[ɸɯ̹]
、ヌ
/nu/
[nɯ̹]
、ツ
/cu/
[t͡sɯ̹̈]
、ス
/su/
[sɯ̹̈]
、ク
/ku/
[kɯ̹]
、ウ
/u/
[ɯ̹]
う段
、ヱ
/we/
[e̞]
、レ
/re/
[ɺe̞]
𛀁()、𛄡()
/ye/
[e̞]
、メ
/me/
[me̞]
、ヘ
/he/
[he̞]
、ネ
/ne/
[ne̞]
、テ
/te/
[te̞]
、セ
/se/
[se̞]
、ケ
/ke/
[ke̞]
、エ
/e/
[e̞]
え段
、ヲ
/wo/
[o̞] 昔は[β̞o̞]
、ロ
/ro/
[ɺo̞]
、ヨ
/yo/
[jo̞]
、モ
/mo/
[mo̞]
、ホ
/ho/
[ho̞]
、ノ
/no/
[no̞]
、ト
/to/
[to̞]
、ソ
/so/
[so̞]
、コ
/ko/
[ko̞]
、オ
/o/
[o̞]
お段

日本語の清音母音子音とで分類し、それに従い仮名文字を縦横の表に並べたものである。伝統的には、縦書き文の要領で、縦に母音の変化、横に子音の変化を表現する。横一列は母音がそろっており、これらをあ段、い段、う段、え段、お段といい、縦一行は子音がそろっており、これらをあ行、か行、さ行、た行、な行、は行、ま行、や行、ら行、わ行という。五十音図において「ん」はいずれの行、段にも属するものではないが、今日ではわ行の次に置かれる事が普通である。

日本において1946年に現代仮名使いが導入されてからは、ヤ行のイ段・エ段、ワ行のイ・ウ・エ段は、同じ段の「い」「う」「え」を置くか、空白とする。それ以前は、ワ行のイ段、エ段は、「」、「」が置かれた。

子音が不揃いになっている部分があるが、上代日本語においてはより整然とした体系をもっていたと推測される。すなわち、「ち」と「つ」は現在の「ティ」と「トゥ」、現在では音素がズレている「ふ」を含めたハ行は現在のパ行、ヤ行はイ段、ワ行はウ段を除いて、おのおのy、wの子音であったとされる。

五十音順は、この表では右から左に、上から下へ「あ」「い」「う」「え」「お」「か」「き」「く」「け」「こ」「さ」… と続く。

歴史

起源

仏教の研究過程で日本語と梵字サンスクリット)を対応させたものとみられる[2]

五十音が現在のようになった背景にある大きな二つの要素は、悉曇学反切である。各段の並び方(段順)、各行の並び方(行順)は悉曇文字(梵字)に、子音と母音の組合せという考えは反切に由来する。

段順、行順の由来

「あいうえお」の段順、「あかさたなはまやらわ」の行順は、インドの梵字の字母表の配列に従ったものである[3]

「あいうえお」の段順

梵字の字母表の冒頭には母音が並ぶ。まずa ā i ī u ū の基本的な母音、次にe ai o auという二次的な母音が配列されている。日本語の仮名一字で書けるものを拾い出すと「あいうえお」の段順ができる。

なお、詳細な母音の順は、a, ā, i, ī, u, ū, ṛ, ṝ, ḷ, ḹ, e, ai, o, au, (a)ṃ, (a)ḥ である。

「あかさたなはまやらわ」の行順

子音の行順は、大きく2つのグループに分けられる。

  • 1つ目は、強い子音(破裂音破擦音鼻音)で、調音位置が口の奥のほうの子音から順に配列され、調音位置が同じものの中では鼻音が最後になる。ここまでを日本語に移すと「かさたなはま」の行順になる(清濁の区別は省略される)。
  • 2つ目は、弱い子音(接近音摩擦音)のうち、調音位置が口の奥のほうから順に配列された接近音(半母音)を日本語に移すと「やらわ」の行順になる。
  • 以上により、「あかさたなはまやらわ」の順が成立した。
  • なお、梵字の子音の実際の配列は、k, kh, g, gh, ṅ, c, ch, j, jh, ñ, ṭ, ṭh, ḍ, ḍh, ṇ, t, th, d, dh, n, p, ph, b, bh, m, y, r, l, v, ś, ṣ, s, hである[注 2]

ただし、過去の文献の中には五十音を現在とは全く異なる配列に並べたものも見出される[3]。現在の配列になったのは室町時代以後である。

反切

もう一つの柱として漢字音を研究した中国音韻学が挙げられる。中国では古くから字音を表記するのに反切と呼ばれる方法がとられ、音韻表記として漢字二字を用い、一字目(反切上字)の頭子音と、二字目(反切下字)の母音以下および声調の部分を組み合わせることによって多くの字音を表記した。この方法によって成立した字音の子音の分類である五音清濁韻書韻図などによって日本にも伝わっていた。

現存最古の音図は平安時代中期の『孔雀経音義』 (1004年 - 1027年頃) や『金光明最勝王経音義』 (1079年) などが挙げられている。「音義」とは、漢字の発音と意味を表した注釈書のことであり、漢訳仏典において漢字の発音を仮名で書き表そうとしたことがその起源である。平安時代後期には天台宗の僧侶明覚が『反音作法』を書いた。これには、日本語は梵字のように子音のみを表記する文字をもたないことから、反切を利用することが書かれている。同一子音のものを同じ行に、同一母音のものを同じ段にまとめることで、仮名を用いた反切(仮名反)を説いている。ここで母音はアイウエオ順であるが、子音はアカヤ(喉音)サタナラ(舌音)ハマワ(唇音)という順になっているものがある。これは各子音の調音位置を口の内から外の順に並べたものである[注 3]。明覚の著書にはその他の配列のものも見られ、五十音図の配列が当時一定していなかったことを示す。後にヤラワ行が後ろに回されたのは悉曇学において悉曇の字母を忠実に反映してのことだと考えられている[4]

室町時代後期の文明16年(1484年)に成立した国語辞典温故知新書』は、それまで一般的であったいろは順ではなく、五十音順を採用した最古の事例とされる[注 4]

「五十音」「五十音図」の名は、江戸時代からのものであり、古くは「五音(ごいん)」とか「五音図」「五音五位之次第」「音図」「反音図」「仮名反(かながえし)」「五十聯音(いつらのこゑ)」などと呼ばれていた。

51全てが異なる字・音: 江戸後期から明治

現在では五十音図のヤ行、ワ行には、ア行の「い」「う」「え」が再登場する[注 5]。 しかし江戸時代後期以降、これらにも独自の文字を割当てる動きが見られた。これは五十音図と日本語の音韻の関係に関する興味に由来する。

鱸有飛 (1756年-1813年) は「え」と区別するためにヤ行エ段を「エ」の文字を置き、「え」の位置には「エ」の字の上の横棒が無い仮名を提唱した。漢学者の太田全斎は『漢呉音図』(文化12年、1815年) において漢字音上での区別のために、五十音図全てのマスの音を異なる漢字で表した。国学者の富樫広蔭音義説の立場から『辞玉襷』(文政12年、1829年)で50音の各字を仮名で書き分けた。また洋学の立場からも、大槻玄幹は『西音発微』(文政9年、1826年) で五十音の全ては異なる発音であり、それが日本語の「古音」であるとした。一方で村田春海岡本保孝は、元々五十音図は国学の為に作られたものではないために、その理屈を日本語の音韻体系の理解のために通す事には慎重であった[5]

明治の教科書や教員向けの指導書では、ヤ行イ段ヤ行エ段ワ行ウ段に、「い」「う」「え」以外の 「文字」を配したものも多く見られる。たとえば『小学教授書』(明治6年、1871年) [6]、『小学入門』初版 (明治7、8年、1874、5年) [7]、『日本文典: 中学教程』(明治30年、1897年) などがある。しかし統一された動きではなく、たとえば『小学入門』では、初版の翌年の版からは、現在見るようなものに改められた[7]

これらの「文字」の形も統一されなかった。国学者鈴木重胤 (文化9年、1812年 - 文久3年、1863年) が『語学小経』で示した図には、順に「イ」の字を180°回転したもの[8]、「衣」の字からナベブタを除いたもの、「卯」の字の左半分が使われた。『小学入門』初版では、「イ」の字を180°回転したもの、「エ」の字の上の横棒を右上から左下に払うようにしたもの、「于」の字が使われた[7]。これら以外の「文字」も平仮名・片仮名両方の五十音図で確認できる。

明治33年 (1900年) に仮名が1文字1字体 (いわゆる変体仮名の廃止) とされた時には、や行とワ行は「やいゆえよ」「わゐうゑを」であった[9]

「綴字篇」より。1873年、万温堂、魁文堂。50音のマス全てが、異なる文字で埋められている。

綴字篇、平仮名の50音図

綴字篇、片仮名の50音図

  1. ^ 平仮名片仮名
  2. ^ サ行は古い時代には[ts]と発音されていたという説が有力であり、ハ行は当時の発音では [ɸ]、さらに古い時代には[p]であったとされている。なお k から m までの配列は、調音位置が口の奥から前へ来るように並べられているからである。ヤ・ラ・ワ行がまとめられているのは、サンスクリットでは y, r, v(実際の発音は[ʋ]か[w]) がそれぞれ i, ṛ, u に対応する半母音とみなされているからである。y, r, l, v という順序も、k から m と同じ理由である。
  3. ^ ハ行は当時、無声両唇摩擦音 [ɸ]
  4. ^ あ行が「アイウエヲ」、や行が「ヤヰユエヨ」、わ行が「ワイウヱオ」と表記されている。
  5. ^ もしくは空白とする。
  1. ^ 明覚『反音作法』、1093年
  2. ^ 五十音順はなぜ「あかさたな」の順番なのか? - ねとらぼ
  3. ^ a b Q.7 「あいうえお/あかさたな」の順なのはどうして? 肥爪周二|素朴な疑問vs東東京大学FEATURES、広報誌「淡青」 vol.45、2022.09号、2022-10-13
  4. ^ 古田東朔・築島裕『国語学史』東京大学出版会。
  5. ^ 田中 2011、pp 33、35。田中のこの箇所の記述は古田『音義派「五十音図」「かなづかい」の採用と廃止』を引用したものである。
  6. ^ 渡辺 2012、p 3。原文に明治6年 (1871年) とあるが、明治6年は1873年である。なお、文部省による1873年の『小學教授書』の存在が確認できる。
  7. ^ a b c 古田 1957年、p26。
  8. ^ 『片仮名元字』(出版年不明) では、この字は「以」の字の左側であると説明する図がある。
  9. ^ 小学校令施行規則、明治33年文部省令第14号、第一号表。法令全書 明治33年 (1900年)、p 496に掲載。リンク先は国立国会図書館デジタル化資料
  10. ^ 小松英雄『いろはうた』(中公新書、1979年)。


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