Mk 39 5インチ砲
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/05/10 00:42 UTC 版)
Mk.39 54口径長5インチ単装砲 | |
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種類 | 艦砲 |
原開発国 | ![]() |
運用史 | |
配備期間 | 1945年 - 1993年 |
配備先 | ![]() ![]() |
関連戦争・紛争 | ベトナム戦争 |
諸元 | |
銃身長 | 54口径長(5.84m) |
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口径 | 5インチ(127mm) |
仰角 | -10°/+85° 俯仰速度: 15°/s |
旋回角 | 190° 旋回速度: 30°/s |
発射速度 | 15~18発/分 |
初速 | 807.7 m/s |
最大射程 | 23,691 m |
Mk.39 5インチ単装砲は、アメリカ海軍の艦砲システム。54口径127mm砲Mk.16(5"/54 Caliber Gun Mark 16)を単装砲塔と組み合わせた両用砲である。
来歴
アメリカ海軍は、1934年に38口径12.7cm砲(Mk.12 5インチ砲)を制式化し、駆逐艦級艦艇の主砲、あるいは大型艦の副砲/対空砲として広く搭載した[1]。第二次世界大戦後期に至ると、艦種にかかわらず、遠距離用として38口径12.7cm砲(方位盤はMk.37)、中距離用として56口径40mm機銃(方位盤はMk.51)、近距離での最終防御用として70口径20mm機銃(照準器はMk.14)の3種類に対空兵器を統一し、縦深的な防空網を構築した[2]。
しかしアメリカ海軍兵器局では、1939年より、さっそく38口径12.7cm砲の後継となる新型対空砲の開発に着手していた。この際には口径から再検討が行われ、5インチのほか、6インチ(15.2cm)や4.5インチ(11.4cm)も俎上に載せられたが、1940年1月、既存の5インチ砲よりも長砲身化して射程延伸を図った54口径12.7cm砲が採択された。これによって開発されたのが本砲である[3]。
設計
まず、50口径15.2cm砲(Mk.8/0 6インチ砲)を減口径化したMk.D/Oと47口径15.2cm砲(Mk.16/0 6インチ砲)を減口径化したMk.E/Oがプロトタイプとして製作された。最終的に採用された54口径12.7cm砲(Mk.16/0 5インチ砲)では、自緊処理 (autofrettage) を施したモノブロック砲身が採用されており[4]、長砲身化したにもかかわらず、2,432キログラムと比較的軽量である。尾栓は垂直鎖栓式である[3]。
当初計画では、連装型のMk.41はモンタナ級戦艦の高角砲として搭載される予定であったが、モンタナ級の計画自体が中止されたことから、これは実現せず、単装型のMk.39のみが1942-45年度計画のミッドウェイ級航空母艦に搭載されて装備化された[3]。
砲室は密閉式の角型砲塔で、防楯の外板は厚さ19ミリの鋼板である。操作要員は計16名、砲塔内に10名と給弾薬室に6名である。給弾薬室中央部には半自動式2筒型の揚弾筒が配置されており、電動・油圧によって上下する。弾薬はMk.12砲と同じ半固定式である[3]。ただし弾火薬庫からの揚弾および装填は、一部機力補助による人力操作のままで、38口径12.7cm砲とほぼ同一であったことから、発射速度の向上は持ち越しとなった[5]。
運用

上記の経緯により、連装型のMk.41の計画は中止され、単装型のMk.39のみがミッドウェイ級航空母艦3隻に搭載されたのみとなった。このため、生産数も約50基程度と少数であった。またミッドウェイ級の搭載砲も、数次に渡る近代化改装で順次に撤去され、1977年までにアメリカ海軍での運用は終了した[3]。
このうち、1955年頃の近代化改装で撤去された砲は日本の海上自衛隊に供与され、初代むらさめ型および初代あきづき型護衛艦に搭載された[5]。小型の護衛艦に搭載されるに当たって、重量を軽減するため、砲室の防楯は厚さ6ミリの高張力鋼に変更された[3]。
搭載艦
登場作品
アニメ
- 晴風の最終武装として登場。シュペー戦の損傷復旧時に九八式10センチ高角砲から換装された。
脚注
注釈
出典
参考文献
- Campbell, N. J. M. (1986). Naval Weapons of World War Two. Naval Institute Press. ISBN 978-0870214592
- 梅野, 和夫『世界の艦載兵器―砲熕兵器篇』光人社、2007年。 ISBN 978-4769813590。
- 香田, 洋二「国産護衛艦建造の歩み」『世界の艦船』第827号、海人社、2015年12月、 NAID 40020655404。
関連項目
ウィキメディア・コモンズには、Mk 39 5インチ砲に関するカテゴリがあります。
- Mk 42 5インチ砲 - 後継となった5インチ単装速射砲。Mk.18砲を採用している。
「Mk 39 5インチ砲」の例文・使い方・用例・文例
- このロボットは「HRP-3 Promet Mk-Ⅱ(プロメテ マーク・ツー)」と呼ばれている。
- ドイツは1939年ポーランドに侵入した
- 539便デトロイト行き
- 登録するには、(352) 112-3944 までお電話をいただくか、コミュニティーセンターのウェブサイトから登録用紙をダウンロードして、Addo通り948 番地、Mephisto、AZ85002 まで郵送してください。
- 私は先週、39度の熱と悪い咳がありました。
- 39位
- 39歳
- (ニューヨークの) 39 番街と 5 番街の交差点に[で].
- 彼は 39 ストロークでアウトを終了した.
- (ニューヨークの)西 39 番街.
- 同社が合成繊維を商品として生産を開始したのは 1939 年のことである.
- ヒトラーは1939年9月1日にポーランドを攻撃して、第二次世界大戦を始めた
- ドイツ人は、1939年9月1日にポーランドを襲った
- ヒトラーは1939年9月1日にポーランドを侵略した
- 連合国軍(オーストリア、ベルギー、ボリビア、ブラジル、カナダ、中国、コロンビア、コスタリカ、キューバ、チェコスロバキア、ドミニカ共和国、エルサルバドル、エチオピア、フランス,ギリシア、ガテマラ、ハイチ、ホンジュラス、インド、イラン、イラク、ルクセンブルグ、メキシコ、オランダ、ニュージーランド、ニカラグア、ノルウエイ、パナマ、フィリピン、ポーランド、南アフリカ、英国、米国、ソビエト連邦、ユーゴスラビア)対枢軸国軍(アルバニア、ブルガリア、フィンランド、ドイツ、ハンガリー、イタリア、日本、ルーマニア、スロバキア、タイ)の1939年から1945年の戦い
- 139小節の不調和音を調律する
- 順序を数える際の序数39
- ヒトラーがポーランドへ侵攻した1939年に第二次世界大戦がはじまった
- 核分裂(重要素(ウラニウム235またはプラトニウム239)の核を分裂させること)によって莫大なエネルギーが放出される核兵器
- 紀元前539年以降(バビロン捕囚以降)のユダヤ人の歴史の期間の、または、ユダヤ人の歴史の期間に関する
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