エーシー‐モーター【ACモーター】
読み方:えーしーもーたー
ACモーター
ACモーター
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/18 13:39 UTC 版)
1824年、フランスの物理学者フランソワ・アラゴが「アラゴーの円板」で知られる回転磁界を定式化した。1879年、ウォルター・ベイリーが手動でスイッチをオン・オフすることで、原始的な誘導モーターを製作した。1880年代、長距離の高電圧送電における交流の利点は認識されていたものの、交流でモーターを作動させることが課題となっていたため、実用的な交流モーターの開発が盛んに行われた。 1885年、ガリレオ・フェラリスによって最初の交流整流子レス誘導モーターが発明された。1888年、トリノ王立科学アカデミーは、モータ動作の基礎を詳述したフェラリスの研究を発表したが、当時は「その原理に基づく装置は、モータとしての商業的重要性を持ち得ない」と結論づけられた。 1887年、ニコラ・テスラは初の実用的交流電動機と多相送電システムを発明し、1888年に特許を取得した。同年、テスラはAIEEに論文「A New System for Alternating Current Motors and Transformers」を発表し、特許を取得した3種類の2相4極モータについて説明した。4極のロータで非自己始動型のリラクタンスモータを形成するもの、巻線のロータで自己始動型の誘導モータを形成するもの、ロータ巻線に個別に励起された直流電源を供給する真の同期モータである。この特許の中には、短絡巻線型ローターの誘導モーターも記載されていた。既にフェラリスから権利を取得していたジョージ・ウェスティングハウスは、すぐにテスラの特許を買い取った。定速交流誘導モーターは路面電車には適さなかったが、ウェスティングハウス社は1891年にコロラド州テルライドの鉱山事業の動力源として採用した。同社は1892年に最初の実用的な誘導モーターを実現し、1893年には多相60ヘルツ誘導モーターのラインを開発したが、これら初期のウェスティングハウスのモーターは巻線ローターの二相モーターであった。後にB.G.Lammeが回転棒巻線ローターを開発した。 1889年、ミハイル・ドリヴォ=ドブロヴォルスキーが、ケージローターと巻線ローターの両方を備えた始動用レオスタット付き三相誘導モーターを、1890年には三肢変圧器を発明するなど、三相開発を着実に進めていった。AEGとMaschinenfabrik Oerlikon社との合意を経て、ミハイル・ドリヴォ=ドブロヴォルスキーとチャールズ・ユージン・ランスロット・ブラウンは、20馬力のリス・ケージ型と100馬力の始動レオスタット付き巻線型の大型モデルを開発した。1889年以降、同様の三相機械の開発は、ウェンストロムが始めていた。1891年のフランクフルト国際電気技術博覧会で、初の長距離三相システムの発表に成功した。これは定格15kVで、ネッカー川のラウフェンの滝から175kmにわたって延びていた。ラウフェンの発電所には240kWの86V 40Hzの交流発電機と昇圧トランスがあり、展示会では降圧トランスから100馬力の三相誘導モーターに給電して人工の滝を動かし、元の電源の移動を表現した。三相誘導は現在、大部分の商用モーターに使用されている。ドブロヴォルスキーは、テスラのモーターは二相の脈動があるため実用的ではないと主張し、それが彼の三相の研究に固執するきっかけとなった。 1891年、ゼネラル・エレクトリック社は三相誘導モーターの開発を開始した。1896年には、ゼネラル・エレクトリック社とウェスティングハウス社が、後にリスケージ・ローターと呼ばれるバー・ワインディング・ローターの設計に関するクロスライセンス契約を締結した。これらの発明や技術革新に伴う誘導モーターの改良により、現在、100馬力の誘導モーターは、1897年の7.5馬力のモーターと同じサイズになっている。
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