1989 – 99年: ルネサンス時代とは? わかりやすく解説

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1989 – 99年: ルネサンス時代

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/03/22 17:48 UTC 版)

ディズニー・ルネサンス」の記事における「1989 – 99年: ルネサンス時代」の解説

ロジャー・ラビット』の成功後ディズニーかねてから制作計画していた『人魚姫』のアニメ化をよりブロードウェイ・ミュージカル感じさせるミュージカルアニメとして実現することを決定したそれに伴い、『リトル・ショップ・オブ・ホラーズ』などのブロードウェイ・ミュージカル携わった経験を持つ作詞家ハワード・アッシュマン作曲家アラン・メンケンチーム招聘し、劇中歌作詞作曲任せた1989年11月14日公開され『リトル・マーメイド』大成功収め、同週に公開されブルースの『天国から来たわんちゃん』を大きく上回る興行収入獲得最終的にリトルフット』の最高興行収入アニメ映画記録破った『リトル・マーメイド』歌曲賞(「アンダー・ザ・シー」)と作曲賞2つアカデミー賞受賞し、「キス・ザ・ガール(英語版)」も歌曲賞にノミネートされた。 翌1990年、『ビアンカの大冒険 ゴールデン・イーグルを救え!』がウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオによる初の「かつての作品正式な続編」として制作された。主に肯定的な評価得たものの、『リトル・マーメイド』とほどの成績得られなかった。 『美女と野獣』1991年続いた興収面では『羊たちの沈黙』敗れたものの、初めアカデミー作品賞ノミネートされゴールデングローブ賞映画部門作品賞(ミュージカル・コメディ部門)を受賞アカデミー賞では『リトル・マーメイド』続いて歌曲賞(「ビューティー・アンド・ザ・ビースト」)と作曲賞受賞し、さらに録音賞にもノミネートされた他、歌曲においては受賞曲の他に2曲がノミネートされた。この成功により、本作は現在もディズニー長編アニメーション作品の中で最高の作品1つとしてされる。 『アラジン』『ライオン・キング』それぞれ1992年1994年続きどちらもそれぞれの公開年に最高世界興収獲得した。この2作品については、『アラジン』保持していた最高興記録『ライオン・キング』更新するという出来事起こっている。どちらの映画アカデミー歌曲賞(「ホール・ニュー・ワールド」、「愛を感じて」)と作曲賞受賞した『アラジン』はさらに歌曲賞に1曲、録音賞、音響編集賞などノミネートされ5つ『ライオン・キング』歌曲賞に2曲が追加ノミネートされ4つノミネートそれぞれ受けた『アラジン』劇中歌作詞作曲当たっては、公開前年死去していたアッシュマンに代わってティム・ライスプロジェクト参加しメンケンとともに制作した『ライオン・キング』では、ライスメンケンに代わって抜擢されエルトン・ジョンハンス・ジマーとの共同制作行った。 これら数々成功おかげでディズニー経営陣長編アニメーション作品十分な資金配分するようになり、それに伴いアニメーション部門拠点10年グレンデール簡易拠点追いやられていた状態から取り戻すことができた。240,000平方フィート建物ロバート・スターンによってデザインされ1994年12月16日バーバンクにあるディズニーメインスタジオ通り挟んだ向かい開館した。 これに前後してディズニーはアニメーションメソッドを変化させ、1993年には元ディズニー・アニメーターのティム・バートン起用してディズニー初の全編ストップモーションアニメ映画ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』を制作1995年にはピクサー・アニメーション・スタジオ共同全世界初のフルCGアニメ映画トイ・ストーリー』を制作している。 1995年公開の『ポカホンタス』は3億4600ドル世界興収得てアカデミー歌曲賞(「カラー・オブ・ザ・ウィンド(英語版))と作曲賞受賞したにも関わらず公開時には賛否両論批評なされた翌年公開『ノートルダムの鐘』ディズニー初の予算1億ドル超のアニメーション映画であり、『ポカホンタス』に比べ公開時好評価受けていたが、興収面では3億2500ドル下回った楽曲面では両作ともに、作曲担当復帰したメンケンとスティーヴン・シュワルツが作詞担当次いで1997年公開された『ヘラクレス』は2億5200ドル、すなわち『ノートルダムの鐘』より7300ドル少な興収記録。これを受け、批評家からは『ポカホンタス『ノートルダムの鐘』よりも肯定的な評価得ていたにも関わらず当時の各メディアでディズニー・アニメーション低調気味になっていることをおおっぴらに示唆する論調が活発であったまた、この頃大きく台頭したピクサードリームワークス・アニメーションなどのライバル企業との競争取り沙汰されることにもなった。 1998年公開された『ムーラン』では、音楽担当一新されスコアジェリー・ゴールドスミス挿入歌はマシュー・ワイルダーとデビッド・ジッペルが担当したまた、3億400ドル世界興収稼いだことで、ディズニー作品商業的かつ批判的な地位一定維持することとなった。そして、翌1999年には『ターザン』公開されフィル・コリンズ歌唱主題歌「ユール・ビー・イン・マイ・ハート(英語版)」で『ポカホンタス』の「カラー・オブ・ザ・ウィンド」以来となるアカデミー歌曲賞受賞『ライオン・キング』以降ルネサンス期作品では最も商業的に成功した作品となり、4億4800ドル興行収入得て批評家の間でも肯定的な批評急速に広まった本作1億3000万ドルという当時最高額予算による作品であり、その多くは「ディープキャンバス」として知られているコンピューターアシスト背景絵画技術といったふんだんに用いられ最新技術充てられた。さらにルネサンス期作品の中では、バーバンク新拠点制作作業の全行程が行われた初の作品であった。なお、『ターザン』以降公開され作品成績などを受け、一般的には『ターザン』公開をもってディズニー・ルネサンス終わりとされる

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