1970年代から現代
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/02 23:02 UTC 版)
上記の通り、磁気機雷の出現以後、掃海艇はいずれも木造を基本としてきた。しかしその後、木材の高騰と木船建造技術者の減少を受け、掃海艇の繊維強化プラスチック (FRP) 化が模索されるようになり、1972年には世界初のFRP掃海艇としてイギリス海軍の「ウィルトン(英語版)」が進水した。欧州各国においては、1950年代に木造掃海艇を大量建造して以降、これらが老朽化して更新を必要とするまで15 - 20年の空白があったため、次世代掃海艇の建造態勢を事実上一から構築する必要があり、したがって木造艇に拘泥する必要が薄かったこともあり、1975年前後から就役を開始した戦後第2世代の掃海艇はFRP艇が多く採用されるようになった。 この時期、機雷の技術進歩も急速に進展していた。まず1970年代初期において、優勢なアメリカ海軍原子力潜水艦に対抗して、ソビエト連邦軍は機雷の高性能化・深深度化を進めており、アンテナ機雷や短係止上昇式機雷のなかには水深2,000メートルまで敷設可能なものも出現してきた。このような深深度に敷設された機雷には、従来の掃海艇では対処困難であり、海中を航行する潜水艦にとって大きな脅威となった。このことから、1980年代以降、西側諸国においては、深深度機雷に対処するための大型掃海艇・掃海艦の整備が進められた。 また、1980年前後より、アメリカのMk.60 CAPTOR、ソ連のPMT-1をはじめとするホーミング機雷が出現しはじめた。CAPTORは小型の誘導魚雷を収容したカプセルを機雷として敷設するもので、従来の機雷よりもはるかに広大な攻撃範囲を発揮することができ、したがって、その攻撃範囲の外からの探知・類別・処分が求められるようになった。これに対抗するため、機雷処分具の高性能化が志向されるとともに、1990年代より自航式可変深度ソナー (PVDS) や使い捨て式機雷処分具の開発が模索されるようになった。また、ソナー技術の進歩に伴って、通常の対潜戦用ソナーにもある程度の障害物回避能力を付与できるようになったことから、掃海艇・機雷掃討艇以外の水上戦闘艦にも機雷処分具を搭載することで、限定的ながら機雷掃討能力を付与する試みもなされている。
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