近代薬学
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/06/23 17:55 UTC 版)
近代的な薬学が興隆するのは、18世紀後期のことである。当時のヨーロッパは産業革命のさなかで都市部に人口が集中し、伝染病の危険性が増大していた。また、繊維産業における漂白・染色技術の発達によってもたらされた化学的な知識が薬学にも導入されて、天然薬物から有効成分を抽出、また人為的に薬物同士を合成する方法が確立された。1776年にウィリアム・ウィザリングがジギタリスから強心剤を開発することに成功し、続いて1798年にはエドワード・ジェンナーが牛痘による天然痘治療の方法を開発した。1805年にはフレードリッヒ・ゼルチュルナーがアヘンからモルヒネを取り出すことに成功した。1887年に日本の長井長義がマオウからエフェドリンを抽出した。19世紀後半に入ると、細菌学の進歩によって新たな薬が開発されるようになり、ルイ・パスツールが狂犬病のワクチンを開発(免疫療法)し、北里柴三郎が破傷風に対して血清療法を開発した。1900年には高峰譲吉がアドレナリンを発見して内分泌学を切り開いた。薬学の進歩は20世紀に入ってからも急速に展開し、パウル・エールリヒ・秦佐八郎のサルバルサンに開発によって化学療法が始まり、1929年のアレクサンダー・フレミングによるペニシリンの開発と1944年のセルマン・ワクスマンによるストレプトマイシンの開発は抗生物質の時代の幕開けを告げた。 日本でも幕末から明治維新にかけて、軍事的な必要から旧来の本草学から近代的な製造医学へと転換が模索され、1874年に大学東校に製薬学科が設置された。だが、医薬分業制の確立がなされなかったことなどから、医療薬学よりも基礎薬学が主導的な地位を得ていくことになり、医薬分業が日本でも本格化する1970年代末までこうした傾向が続くことになる。
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