訴訟と社会への反響
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/26 06:52 UTC 版)
訴訟は最高裁判所で柳側敗訴の判決が言い渡され確定した。 判決の骨子は「『新潮』に掲載された作品は、出版、出版物への掲載、放送、上演、戯曲、映画化等の一切の方法による公表をしてはならない。謝罪広告の掲載、改訂版の出版差し止め請求ほかの請求は棄却」 柳美里によるプライバシー権及び名誉権侵害行為によって、被害者が重大な損害を受けるおそれがあり、かつその回復を事後に図ることが困難になる。被害者は大学院生にすぎず公共的立場にあるものではなく、雑誌掲載小説が単行本として出版されれば被害者の精神的苦痛が倍増され、平穏な日常生活を送ることが困難になる。文学的表現においても他者に害悪をもたらすような表現は慎むべきである旨を、最高裁は判決理由で指摘した。 判決確定から約1ヶ月後に、モデル女性の周辺情報や腫瘍のある顔について直接的に描写した箇所を60箇所以上修正した『石に泳ぐ魚』改訂版を出版。 この一連の騒動は、仮処分の段階から柳に対する非難や擁護や「文学における表現の自由」をめぐっての論議が起き、マスコミ・論壇・文学界から大きな注目を集めた。高井有一、島田雅彦、竹田青嗣、福田和也、清水良典が柳側の陳述書を提出し、車谷長吉、高橋治、加藤典洋らが判決を批判した。 文学的評価としては、「『私』の心の荒廃の背後にあるものは、見通しよく描かれているし、日本生まれで、韓国の陶芸界に革命をと夢見る三世の女友だちへの共感にも、汲みとりにくいところはない。『私』の彷徨の道筋ということだけならば、渋滞や混濁は見当たらないと言ってよい。それなのに、『私』をたえず苛らだたせる不安の正体は、読者の前にはっきり現れてこない。」(菅野昭正、東京新聞夕刊「文芸時評」1994年8月24日)、「このジャンルに初めて挑戦する若い劇作家が、これほどの素朴さで小説への武装解除を受け入れてしまうことにはいささか驚かざるをえない。『自分の顔の中には一匹の魚が棲んでいる』という女陶芸家のさからいがたい誘惑からどう逃れるかが最後に問われているこの比喩的な長編は、小説のイメージに対してあまりに無防備すぎはしまいか。」(蓮實重彦、朝日新聞夕刊「文芸時評」1994年8月29日)といった否定的意見も散見される。 一方原告側は、坂本義和、五十嵐武士、下斗米伸夫ら国際政治学者のグループが支援した。 憲法学においては、この最高裁判決は名誉・プライバシー権と表現の自由をめぐる重要判例の一つとされている。
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