発刊ブームと盛衰
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/04 18:34 UTC 版)
アニメ雑誌の歴史は、購読者であるアニメファンの人口や嗜好の変化を反映している。特に社会的話題となったアニメ作品の盛衰と雑誌の販売部数とがはっきりと関係しており、アニメブームの時期には新たな雑誌が発刊され、またブームが去ると休刊・廃刊するといった動きが顕著である。 1970年代前半、アニメがまだ「テレビまんが」と呼ばれていた頃、これを扱っていたのは漫画誌の『冒険王』や児童向けテレビ雑誌の『テレビランド』『テレビマガジン』だった。 1975年、『宇宙戦艦ヤマト』の再放送を口火にアニメファンが急増する。この人気に出版界が反応し、1977年にサブカルチャー雑誌『月刊OUT』がヤマト特集を掲載し、読者の反響の高さから程なくアニメ主体へと誌面造りの舵を切る。1978年には大手出版社初のアニメ総合誌『アニメージュ』が創刊された。『機動戦士ガンダム』へと続くアニメブーム期に他の出版社も参入し、1980年代前半には多誌競合時代を迎えた。その後OVA作品のリリースラッシュによりOVA専門誌が登場する。 1986年〜1987年頃はアニメ雑誌の低迷期にあたり、アニメ雑誌の休刊が相次いだ。理由としてはテレビアニメに原作が存在しない「アニメオリジナル作品」が減少し、漫画原作物が主流となったことや(原作物は権利上の関係から、関連記事を掲載できるページ数に制限があるとされる)、アニメファン層の変化、編集側の努力不足などが指摘されている。 1990年代中頃に起こった声優ブームにあやかり、1994年に声優専門誌が誕生する。 1990年代後半には『新世紀エヴァンゲリオン』の社会現象的ヒットにより、総合誌の創刊・休刊という淘汰のサイクルが再現された。また、エヴァンゲリオンや『もののけ姫』の影響で、作品論を語るアニメ評論誌も登場した。 2000年代には美少女・美少年キャラクターの人気にあやかり、キャラクター専門誌の創刊が続いている。 近年の出版不況下では、アニメ雑誌の部数も全般的に減少傾向にある。インターネットが普及して以来、アニメポータルサイトや番組公式サイトが提供する情報や、ファン個人がウェブサイト・ブログなどで行う論評活動に比べ、アニメ雑誌が速報性や情報密度の点で不利になったという面もある。
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