むかん‐の‐ていおう〔ムクワン‐テイワウ〕【無冠の帝王】
無冠の帝王
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/08/23 21:21 UTC 版)
無冠の帝王(むかんのていおう、英:uncrowned monarchもしくはa king without a crown)とは、 特定の分野で第一人者の実力を有しながら、大きなタイトルを獲得できない人を指す言葉。
- 1 無冠の帝王とは
- 2 無冠の帝王の概要
無冠の帝王
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/05 00:33 UTC 版)
一等賞や優勝という最高成績を一度も収めることなく、それでいて二等賞や準優勝という好成績を何度も記録する者がいる。 普段の実力・底力を優勝者以上に評価されているにかかわらず、極めて評価の高い競技大会に限っては一等賞や優勝に輝くことができない、そのような者を指して、月桂冠のような勝利者に授けられる「冠」を被ったことがない最高実力者という意味合いで、スポーツの分野などでは、日本語で「無冠の帝王(むかんのていおう)」という。同じ漢字文化圏でも中国語では「無冕之王(簡体字:无冕之王)」という。英語では "uncrowned king" という。 「無冠の帝王」も参照
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無冠の帝王
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/25 14:41 UTC 版)
1988年(昭和63年)から八王子にも道場を開設し、指導を始めた。この頃から増田は「無冠の帝王」とマスメディアから呼ばれるようになっていた。増田はこれまでの試合で納得できない判定があった事から、煩悶とした日々を第5回オープントーナメント全世界空手道選手権大会迄の間、過ごしていく事となる(詳細は#逸話の「判定で見放され続けた増田」を参照)。 第20回オープントーナメント全日本空手道選手権大会にも出場したが、4回戦を本戦で旗が2本増田に上がったが、引き分けにされ体重判定迄もつれ込み、敗退してしまう。増田自身も調子が良くなかった事は認めているが、微妙な判定であった事は事実である。増田はメンタル・トレーニングもやり始め、今の局面から打開を図ろうと試みだした。 1989年(平成元年)、モチベーションの探求、練習方法もマンネリ化していたので、新たにボクシングやキックボクシングの練習も取り入れた。また、モチベーションの強化の一環として選手権大会に臨むにあたり、テーマを定める事にした。第21回全日本選手権では「闘志」をテーマにした。勝ち残る為の高い集中力を維持するには「闘志」が必要だと考えたのである。このテーマで練習を再開していた。第21回全日本選手権の組み合わせを見て、増田は驚いた。増田のブロックには重量級のチャンピオンクラスがひしめいていたのである。外舘慎一を延長2回、七戸康博を延長3回戦い、それぞれを体重判定で破った。増田は自分より大柄な体格の相手にも力対力の戦いを挑んだ。本選手権大会は「闘争心の喚起」をテーマとしていたからだ。城南支部の坂本恵義には下段回し蹴りで一本勝ちするなど、戦いにはいつもと変わらぬスピードと破壊力が備わっていた。 準決勝では八巻建志と対戦。首都圏交流試合、第17回全日本選手権と一本勝ちした相手だが、テレビ解説をしていた盧山初雄は増田の様子を「悲壮感が見える」と言うほど、増田の表情が硬かったのに対して、やはり解説をしていた松井章圭は「今年の八巻君は違う」と八巻の気合ぶりを語っていた。増田に2回も一本負けをしているので、八巻は今度こそと雪辱しようという気持ちがあった。本戦は「力対力」の激突となり、八巻が増田の脇腹を攻めた膝蹴り、増田は八巻の顔面に前蹴りをヒットさせ、対抗し合っていた。八巻は膝蹴りで頭を押さえて出していたものもあり、それは厳密にいえば反則なのだが、八巻の勢いが増田を上回り、結局延長1回の末、増田は判定で負けた。3位決定戦で前年の覇者である桑島靖寛と対戦。八巻の膝蹴りで肋骨を痛めていた事も影響し、延長2回行い、判定負けで4位に終わった。それまで3位決定戦で負けた事がない増田が負けた。この試合を見て、最初の師匠である浜井識安は、「志が高い者は勝負に対する執着心も強く、3位決定戦で負ける事が少ない。このままでは増田はダメになる・・・」と心配した(詳細は#証言の「浜井識安の示教2」を参照)。
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無冠の帝王
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2016/12/12 14:47 UTC 版)
岡松は、通算46勝,うちGIを6回、GIIを3回制覇しているが、最高ランクのSGは未だに制覇していない。その為、オートレース界では無冠の帝王の代名詞として称されている。
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「無冠の帝王」の例文・使い方・用例・文例
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