歴史上の論争
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/09/11 03:15 UTC 版)
絶対空間の概念はニュートンの時代から現代にいたるまで厳しい批判にさらされてきた。たとえばライプニッツの見解では、空間は物体間の相対位置という以上の意味を持たず、時間は物体間の相対的な動きという以上の意味を持たなかった。ジョージ・バークリーの考え方によれば、なにもない宇宙にただ一つ存在する球体は基準点がないため回転を考えることができない。また、一対の球体が互いの周りを回転することは可能でも、共通重心の周りの回転は考えられない。時代が下って、これらの批判はエルンスト・マッハによって新しい形で提起された。マッハの原理(en: Mach's principle)が主張するところでは、力学とは詰まるところ物体間の相対運動に尽き、質量さえそのような相対運動の一つの表出にすぎない。たとえば、何もない宇宙にたった一個の粒子が存在しているのであれば、それは質量を持たないと考えられる。マッハによれば、ニュートンの例は単に球体と宇宙全体との間の相対回転のことを言っているのである。 「空間」の中で運動する物体は運動の方向と速度を不変に保つ、とわれわれが言うとき、暗に「宇宙全体」と言っているのであり、それ以上でもそれ以下でもない。—エルンスト・マッハ、チュフォリニとホイーラーによる引用: Gravitation and Inertia, p. 387 現代的に見れば、絶対空間と絶対時間を認めないこれらの立場は、空間と時間を操作的に定義する試みととらえてよい。このような視点は特殊相対論によって明確になった。 ニュートン力学の枠内で考える場合でも、現代的な観点では絶対空間は必ずしも必要ではない。代わりに採用されるのは慣性系、すなわち性質の良い基準系の集合である。これらはそれぞれ互いに対して等速で運動する。一つの慣性系から別の慣性系に移るとき、物理法則はガリレイの相対性原理に従って変換される。それが絶対空間への反証につながることをMilutin Blagojevićは以下のようにまとめた。 絶対空間の存在は古典力学の論理と矛盾する。ガリレイの相対性原理によれば、慣性系の中から特別なものを選び出すことはできないのだから。 絶対空間が慣性力を説明するわけではない。どの慣性系を基準とする加速度であっても慣性力をもたらすのだから。 絶対空間は加速への抵抗を付与するという形で物理的実体に影響を与えるが、逆に影響を受けることがない。 ニュートン自身も慣性系の役割を認識していた。 与えられた空間における物体の運動は、その空間が静止していようが、等速で直線上を動いていようが変わることはない。 実用上は、恒星(天球上で相対運動を行っていないように見える天体)を基準として等速度運動を行っている基準系を慣性系と見なすことが多い。これについてはen:Inertial frame of referenceでさらに論じられている。 1903年にバートランド・ラッセルは著書『The Principles of Mathematics』で絶対空間と絶対時間を弁護したが、一方で有理力学の分析の中で以下のように認めてもいた。「非ニュートン的な力学もまた、非ユークリッド幾何学と同じく、正統的な体系に劣らず興味深いことだろう」
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