歴史上の説明
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/01/03 21:59 UTC 版)
ヴァイキング時代の女性が戦争に参加していたという史料は乏しい。しかし、ビザンツ帝国の歴史家ヨハネス・スキュリツェスは、971年にキエフのスヴャトスラフ1世がビザンツ帝国下のブルガリアを攻めた際、女戦士が従軍していたことを記録している。ドロストロン包囲でヴァリャーグが無残な敗北を喫したとき、勝利したビザンツ軍は、降伏した兵士の中に武装した女性がいることに驚いたという。 レイフ・エイリークソンの異母妹フレイディースは、ヴィンランドで妊娠中に、上半身裸で剣を取ってスクレリングを追い払ったという記録がある。この戦いは『グリーンランド人のサガ』で語られているが、フレイディースのことを明確に楯の乙女として描いているわけではない。 サクソ・グラマティクスは、750年のブラーヴェルの戦いでデーン人側で楯の乙女が戦っていたと報告している。
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