本書の制定まで
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/02/23 06:11 UTC 版)
日本における道路橋の基準の整備は、1886年(明治19年)に内務省土木局により「道路築造保存方法」が制定され、橋の設計に用いる車両の荷重が規定されたことに始まる。この時点では荷重が規定されたのみであり、橋の設計法そのものについての基準は整備されていなかった。その後、1923年(大正12年)に10万人の犠牲者を出す関東大震災が発生すると、構造物に対する基準類整備の必要性が高まり、1926年(大正15年)「道路構造に関する細則案」が制定された。同細則案は、道路橋の等級について一等橋から三等橋までの三種類に分類したほか、初めて橋の構造や設計方法、許容値などを規定した。道路全般の基準の一部に盛り込まれた形ではあるものの、道路橋示方書の原型が形作られたものと言える。 1939年(昭和14年)には、鋼橋の設計を対象とした「鋼道路橋設計示方書案」が制定された。道路橋は一等橋(国道)、二等橋(府県道)に分類され、それぞれ13t、9tの自動車荷重が与えられた。このとき制定された自動車の前輪と後輪の荷重比率を1:4とする規程は、今日の道路橋示方書でも踏襲されている。 第二次世界大戦後の1952年(昭和27年)新道路法が施行となった。これに伴い、道路橋は所管を建設省(現・国土交通省)に移すとともに、1956年(昭和31年)に「鋼道路橋設計示方書」が制定され、一等橋の自動車荷重は20tに引き上げられた。一方、1964年(昭和39年)にはコンクリート橋を対象とした「鉄筋コンクリート道路橋示方書」、下部構造を対象とした「杭基礎の設計指針」が相次いで制定され、さらに当時長大化が進んでいたプレストレスト・コンクリート橋(PC橋)を対象とした「プレストレストコンクリート道路橋示方書」が1968年(昭和43年)に制定されたことで、道路橋に関する基準類の骨子ができあがりつつあった。 しかしながら、橋という一つの分野において基準類が個別に整備されていることは適用上の不具合を生むことから、一つの体系として道路橋示方書に統合することとなった。1972年(昭和47年)には初めての道路橋示方書である「I 共通編・II 鋼橋編」が制定され、1978年(昭和53年)には「III コンクリート橋編」が、1980年(昭和55年)には「IV 下部構造編」「V 耐震設計編」が制定されたことで、現在の体系が形作られた。
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