日本におけるお歯黒の概要
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/04 00:43 UTC 版)
「お歯黒」という名称は、もとは貴族の用語である。「おはぐろ」の読みに鉄漿の字を当てることもある。御所では五倍子水(ふしみず)という。民間では鉄漿付け(かねつけ)、つけがね、歯黒め(はぐろめ)などとも。 日本では古代から存在したとされ、主に民間では明治時代末期まで、東北など一部地域では昭和初期まで、特に既婚女性の風習として見られた。この場合、お歯黒は引眉とセットになる場合が多い。中近世には男性貴族の習俗としても見られた(後述)。 きれいに施されたお歯黒には、歯を目立たなくし、(かつての人々の一般的な審美観からみて)顔つきを柔和に見せる効果がある。むらなく艶のある漆黒に塗り込めたものが美しいとされ、女性の化粧に欠かせないものであった。谷崎潤一郎は、日本の伝統美を西洋的な審美観と対置した上で、お歯黒をつけた女性には独特の妖艶な美しさが見いだされることを強調している。谷崎の小説『武州公秘話』には、討ち取った敵将の首にお歯黒を施すところを見学し言い知れぬ興奮を覚える少年武州公が描かれている。 歯科衛生が十分に進歩していなかった時代にあって、お歯黒は、歯並びや変色を隠すことができたほか、その染料が口腔内の悪臭・虫歯・歯周病に予防効果を持ち(原料は後述)、口腔の美容と健康の維持のため欠かせないたしなみであった。 お歯黒を見慣れない人々にとって、黒い歯は奇異で醜悪なものと映り、単に遅れた奇習と見なされたり、美容・衛生以上の特別な目的があるものと曲解される場合も少なくない。幕末に日本を訪れた多くの欧米人が、お歯黒は女性を醜悪化する世界に稀にみる悪慣習と評している。ラザフォード・オールコックは「お歯黒は故意に女性を醜くすることで女性の貞節を守る役割がある」と推測している。歴史社会学者の渡辺京二は著書『逝きし世の面影』の中でオールコック説を否定し、「お歯黒はマサイ族に見られるような年齢階梯制の表現である」と考察している。つまり自由を満喫し逸脱行為すら許容されていた少女が、お歯黒と眉を抜くという儀式によって、妻の仕事、母の仕事に献身することを外の世界に見える形で証明するためのものとしている。 現代の日本では、審美観の変化から、大多数の人がお歯黒を美しいものととらえることがなくなり、一部の伝統演劇や花柳界を除くと、お歯黒は醜悪さや滑稽さを演出する道具として用いられることが多く、美容目的としての意味づけはほぼ完全に失われている。
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