引退間際の戦いとは? わかりやすく解説

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引退間際の戦い

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/28 14:06 UTC 版)

有吉道夫」の記事における「引退間際の戦い」の解説

2003年度(第62期)C級1組順位戦で2勝8敗、2004年度には1勝9敗の成績2期連続降級点取りC級2組降級2005年度(第64期)C級2組でも1勝9敗で降級点取った。ところが、2006年度(第65期)C級2組順位戦では一転して7勝3敗の成績収め順位戦勝ち越し最高齢記録71歳)を樹立した。しかし、2007年度には10全敗降級点累積2点となり引退危機となった通常C級2組から陥落するフリークラス棋士になるが、有吉年齢がすでにフリークラス定年超えていたため)。 そして迎えた2008年度第67期順位戦C級2組最終局(2009年3月10日)は、負ければ3勝7敗で降級点累積3点となり、規定により引退可能性大という戦いとなった一方有吉対局相手は、自身勝てば昇級という新鋭高崎一生であったため、この一番は大い注目され対局場所の関西将棋会館には数多く報道陣集まった結果有吉の勝ち。対局後のインタビューでは「将棋そのもの好きだし、面白い」と、現役続行意欲語った有吉将棋への情熱対し谷川浩司は「棋士室で若手棋士研究会に励む姿は、これから多くメッセージ与える事でしょう」とコメントした。 しかし、翌2009年度(第68期)のC級2組順位戦では序盤から苦戦続き、9回戦の松本佳介との対局破れて最終局を待たずC級2組からの降級及び引退決まった最終成績は2勝8敗)。日本将棋連盟による当初発表では、引退の日付2010年3月31日とされていたが、2010年2月23日NHK杯予選を3連勝通過し本戦出場。これを受けて2日後2月25日連盟引退規定変更発表し最終対局日(テレビ棋戦場合放映日)まで引退そのもの延長することとした(棋士 (将棋)#引退引退#将棋参照 )。なお、74歳でのNHK杯本戦出場丸田祐三73歳更新する史上最高齢記録となったまた、3月24日には棋王戦予選3回戦村田智弘破り棋王戦でも現役続行出来ようになった一方2010年3月2日第23期竜王戦5組昇級者決定戦浦野真彦七段との対局で、2手続けて指す反則二手指し)を犯して敗れた通算999敗目となったこの敗戦の総手数は、わずか17手だった。なお、二手指しプロの公式棋戦では、二歩次いで2番目に多く発生している反則である。 2010年3月9日第68期順位戦C級2組最終10回戦(対・村中秀史六段)が、ちょうど通算1000敗目(1086勝)となった。これは加藤一二三以来史上2人目である(1000勝と1000敗の両方記録した棋士として2人目)。この記録は、現役年数長いことだけでなく、タイトル戦などの番勝負や、王位戦王将戦十段戦挑戦者決定リーグ数多く登場したことを反映している。 同年4月30日竜王戦5組残留決定戦で勝ち、相手木下浩一6組降級させ、自らは次期竜王戦出場できないにもかかわらず5組に「残留」した。5月23日NHK杯本戦1回戦高橋道雄に、翌5月24日棋王戦予選4回戦矢倉規広に、それぞれ敗れ引退決定時点出場中だった全棋戦終了した引退決定となる対局からなお10局を指し、6勝4敗と生涯勝率上回る結果残した

※この「引退間際の戦い」の解説は、「有吉道夫」の解説の一部です。
「引退間際の戦い」を含む「有吉道夫」の記事については、「有吉道夫」の概要を参照ください。

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