大鴉という鳥
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/15 09:09 UTC 版)
大鴉は、実在するワタリガラスというカラスの一種で、北半球の高緯度地域に分布する。古くからヨーロッパ人はこの鳥を描いており、北欧神話などにも登場する。また、北アメリカ太平洋北西沿岸(カナダ太平洋岸~南東アラスカ)の先住民の昔話、神話に多く登場し、トーテムポールの主要モチーフになっている。 主人公は、古い伝説の本を読んでいると考えられる。ポーの短編『リジイア』(en:Ligeia)に暗示されている研究と同じく、オカルトや黒魔術に関係するものを含んでいるかも知れない。それはポーが『大鴉』の舞台を、暗黒の力がとくに活発だと言われる12月に設定していることにも現れていると考え、悪魔の鳥と言われる大鴉を使ったのもまたその暗示であるとの説明がされることがある。悪魔のイメージは主人公が大鴉を夜の冥界の岸からきた存在、つまり、死後の世界からの使者、ローマ神話の冥界の神プルートー(ギリシア神話ではハーデース)のものと信じていることでも強調されている。 ポー自身は、大鴉は「死者を悼む、終わりなき追憶」を象徴していると言ったとされる。ポーが物語の象徴として大鴉を選んだのは、喋ることが出来ない生き物を喋らせる不合理によって、この詩の明暗を強調する効果を期待したためとされる。ポーがチャールズ・ディケンズの『バーナビー・ラッジ』に出てくるグリップと名づけられた大鴉に着想を得たと考える者もいる。実際『バーナビー・ラッジ』のある場面はポーの『大鴉』とそっくりであり『バーナビー・ラッジ』の第5章の最後で、大鴉グリップは騒がしい音を立てる。誰かが「あれは何だ。ドアを叩くのは彼?」と言うと「あれは鎧戸を静かに叩く誰か」という答えが返ってくるという描写がある。 。ディケンズの大鴉はたくさんの言葉を喋ることができ、シャンパンのコルク栓をポンと鳴らしたりと、滑稽な役割を担っているが、一方でポーの描いた大鴉は、より単純で演出としての性格が強い。ポーは以前「グレアムズ・マガジン」誌に『バーナビー・ラッジ』の書評を書いたことがあって、その中で、大鴉はもっと象徴的で予言者的な目的のために仕えているはずだ、と書いている。ポーの『大鴉』とディケンズの『バーナビー・ラッジ』の類似性はしばしば注目され、たとえばジェームズ・ラッセル・ローウェル(en:James Russell Lowell)は『A Fable for Critics』の中で次のような詩を書いている。「ポーがやってきた、連れてきたのは大鴉、『バーナビー・ラッジ』そっくりだ。3/5は彼の天才、2/5は全くのでっち上げ」。 ポーは神話や伝承に出てくる、さまざまな大鴉への言及を活用したとの説明もされる。北欧神話の主神オーディンは「思考」と「記憶」を意味するフギンとムニンという名前の2羽の大鴉を飼っているし、旧約聖書の『創世記』の中では大鴉は凶兆の鳥と信じられている。ヘブライの伝承によると、大洪水を逃れたノアは、ノアの方舟から洪水の状況を調べるために白い大鴉を飛ばしたが、知らせを持ってすぐに帰ってこなかった。そのため、罰として大鴉は体を黒く変えられ、永遠に腐肉を食べる身にさせられた。オウィディウスの『変身物語』でも、大鴉は最初は白かったが、アポローンに罰せられて黒く変えられる。その理由は、恋人の不貞のメッセージを届けたからである。ポーの『大鴉』における使者の役割はそうした物語から作られたのだろうという説明がされる。
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