多重実現可能性
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/03 07:38 UTC 版)
「ヒラリー・パトナム」の記事における「多重実現可能性」の解説
パトナムの仕事は多岐にわたるが、中でも心の哲学についてのものはよく知られている。彼のこの分野へのもっとも有名な独創的貢献は、多重実現可能性仮説の説明のために1960年代後半に発表された数点の基本的論文で行われている。これらの論文でパトナムは、かのタイプ同一説の主張に反対して、「痛みはC繊維の発熱に等しい」というのは必ずしも真ではない、と論じた。パトナムの論文に従えば、痛みは、様々な生物の神経系の全く異なる物理的状態に対応(英: correspond)しうるが、そのいずれの生物であってもなお「痛い」という同じ心的状態を経験する。 パトナムはこの命題を例証するために動物界に例を求めている。いったい、様々な種類の動物の脳構造が、痛みやその他の心的状態を同じやり方で了解するなどということがありうるだろうか、というのが彼の問いである。(同じタイプの心的状態は同じタイプの物理的状態によって実現されなくてはならないとして)もしそれら様々な種類の動物が同じ脳構造をもっていないならば、それらの動物は同じタイプの心的状態や性質を抱くことができない(しかし、異なる種の動物は同じ脳構造を持っていないにもかかわらず、痛みやその他の精神状態を共有しているように思われる)。この難問への答えは、痛みやその他の心的状態は(同じタイプの心的状態であっても)異なる種においては異なるタイプの物理的状態によって了解されている、というものでなくてはならない。パトナムはここで議論を一歩先へと進め、異星人、人工知能ロボット及び珪素生命体についても同様のことを言えるだろうか、と問うている。パトナムの主張によれば、これらの仮定の存在者が人間と同じ神経化学作用を持っていないというだけでは、彼らが痛みを感じることができないと考える理由にはならない。パトナムによれば、タイプ同一説が行っていた「野心的」かつ「ほとんどありそうもない」推測は、多重実現可能性の一例によって反駁されうるのである。この議論は、ときどき「蓋然性論法」(英: likelihood argument)として参照される。 さらにパトナムは、彼が「機能的同型性」(英: functional isomorphism)と呼ぶものに基づいて補足的な議論を展開している。機能的同型性とは、「一方のシステムの諸状態と他方のシステムの諸状態の間に機能的な関連を維持するような対応があるとき、二つのシステムは機能的に同型である」とするものである。コンピュータの場合、一方の機械における状態間のシーケンスのつながりが他方の機械における状態間のシーケンスのつながりを正確に反映しているとき、またそのときのみ、二つのマシンは機能的に同型である。それゆえに、シリコン・チップでつくられたコンピュータと歯車でつくられたコンピュータは、機能的に同型でありうるが、構成上は異なる。機能的同型性は、多重実現可能性を含意している。この議論は、時々「アプリオリ論法」(英: a priori argument)として参照される。 ジェリー・フォーダー、パトナム及び他の人々の指摘によれば、多重実現可能性は、タイプ同一説への強力な反論であるばかりか、心的現象のような高次の現象についてどのような低次の説明(たとえばニューロンやシナプスの活動というミクロ・レベルの説明など)を行っても、抽象性や一般性の点で満足のいく説明にならないことを示している。機能主義は、心的性質を、原因—結果の用語でのみ特徴付けられる機能的性質とみなすものであり、ミクロ物理現象のレベルから〔心的性質を高次のレベルに〕抽象化したものであり、それゆえに心と身体の間の関係についての説明として、より優れたものであるように思われる。事実、ネズミ捕り器、ソフトウェア及び本棚のような多くの機能的性質は、物理レベルにおいては多重に実現されている。
※この「多重実現可能性」の解説は、「ヒラリー・パトナム」の解説の一部です。
「多重実現可能性」を含む「ヒラリー・パトナム」の記事については、「ヒラリー・パトナム」の概要を参照ください。
- 多重実現可能性のページへのリンク