墜落直前の損傷状況
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/21 16:49 UTC 版)
「アメリカン航空191便墜落事故」の記事における「墜落直前の損傷状況」の解説
事故調査でもう一つ焦点となったのは、なぜ事故機が墜落したかということであった。通常、複数のエンジンを装備する航空機は、エンジン1基が停止しても飛行が継続できるよう設計されている。事故時に、分離した第1エンジンとパイロンは、前方上側を回転して翼の上を通過するのが目撃された。残骸の調査結果から、エンジンとパイロンが、揚力面や操縦翼面にぶつかった形跡は見つからなかった。墜落直前に撮影された事故機の写真を解析した結果、尾翼や尾部への損傷は見られなかった。エンジン脱落による推力喪失や主翼前縁の破壊による左右非対称効果は、航空機を制御不能にするほどではなかった。そこで、事故調査委員会は、パイロン以下が分離した影響を詳細に調査した。 DC-10型機の第1エンジンは、No.1 油圧系統の油圧ポンプ、および No.1 交流電源系統の発電機も駆動していた。通常のエンジン停止時には、これらの油圧系統と電源系統は、残りのエンジンによって油圧と電力が維持されるように設計されている。つまり、油圧系統や電気系統の冗長設計により、第1エンジンによって駆動される機能が失われても、それがただちに航空機の制御に影響しないよう考慮されている。しかし、本事故ではパイロンもろともエンジンが分離したので、油圧配管や電気配線などが損傷を受けた。 油圧系統では、左主翼前縁を通る4本の油圧管が破損し、3系統ある油圧系統のうち2系統(No. 1 および No. 3 系統)から油漏れが発生した。これによって、スポイラーの一部と左翼外側にあるスラットが機能しなくなった。スラットとは、翼の前縁の一部を前方下側に押し出すことによって揚力を増やし、高い迎角まで失速を防ぐ装置である。 スラットは油圧アクチュエータによって伸展され、制御バルブを閉じると油圧作動液が油圧管の中に閉じ込められて、出し位置が固定される。事故を起こしたDC-10-10型機は、スラット出し位置を油圧だけで維持する設計になっていた。 油圧管の損傷部位は、スラットを出し入れする油圧アクチュエータとそれを制御するバルブとの間であった。したがって、作動液が流失し、空気力の荷重によってスラットが押し戻され、引き込まれてしまった。ただし、それ以外の動翼は、スポイラーの一部を除くと操縦翼面(機首を上げ下げする昇降舵、左右に向ける方向舵、機体を左右に傾ける補助翼)は全て機能していた。 電気系統では、パイロン内のワイヤーハーネスが損傷し、その中には、第1エンジンの発電機から No.1 交流系統への給電線も含まれていた。この給電線には、残存していた給電線から電力を得る経路も用意されていた。しかし、発電機故障の影響が広がるのを防ぐための保護回路が作動し、No.1 交流系統から供給される No.1 直流給電線、左緊急交流給電線、左緊急直流給電線への電力供給が断たれた。これらの給電線は、墜落まで復旧しなかった。左の緊急交流給電線と緊急直流給電線は、操縦室内の緊急スイッチによりそれぞれ回復可能であった。しかし、回復操作が行われた形跡は見つからなかった。事故調査報告書では「運航乗務員は、失われた電力系統の回復操作を恐らく試みなかった」としており、その理由は「緊急事態全体の性質が、電気系統の問題より緊急性が高かった、または電気的問題に対処する時間的余裕がなかった」とまとめている。離陸から墜落までの時間がわずか30秒しかなかった点も指摘されている。 電力が回復しなかったことによって、機長席のフライト・ディレクターと一部のエンジン計器が機能停止した。そして、事故調査報告書は最も重要なこととして、失速警報装置とスラット不一致警報装置も作動しなくなったことを指摘している。フライト・ディレクターは、パイロットに操縦桿をどう動かすべきかを指示する飛行計器である。失速警報装置は、スティック・シェイカーと呼ばれ、失速領域に入った場合に操縦桿を振動させて操縦者に警告を与えるものであり、事故機では機長席だけに装備されていた。スラット不一致警報装置は、スラット状態が左右非対称の場合に点灯する。
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