動的圧縮比
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/06 04:23 UTC 版)
上記の計算式で算出された圧縮比は、通常の場合カタログスペックでも用いられるものであるが、この計算ではピストンがシリンダーの下部の下死点(BDC)で停止して吸排気バルブも完全に閉鎖され、その状態から圧縮された容積がエンジンの実容積であるという仮定の下で算出される、いわば静的圧縮比(せいてきあっしゅくひ、Static Compression Ratio/SCR)と呼べる類の数値である。 しかし、実際のバルブタイミングでは吸気バルブの閉鎖は殆どの場合下死点の後で行われる。そのため、下死点を通り過ぎて上昇を始めたピストンにより、吸気バルブ付近の混合気はいくらかは吸気ポートへ押し戻されることになる。また、吸気ポートやインテークマニホールドのヘルムホルツ共鳴を利用した慣性過給や、排気ポートやエキゾーストマニホールドの排気洗浄作用のセッティングによっては、吸気行程時のシリンダー内の圧力は大気圧よりも高くなっている場合もある。これにより前述の計算上の静的圧縮比は始動しているエンジン内部でそのまま成立するものではなく、実際には上記の様々な条件の下で補正された動的圧縮比(どうてきあっしゅくひ、Dynamic Compression Ratio/DCR)が現れるのである。 この動的圧縮比は、そのエンジンに組み込まれるカムシャフトのプロフィールやバルブタイミングの設定により大きく変化する。純正カムやローカムなどで下死点よりも手前で吸気バルブが閉じる場合には比較的高くなる傾向を示し、ハイカムなどで下死点より後で吸気バルブが閉じる場合にはより低い値を示す傾向となるが、いずれも静的圧縮比より低い値になる。 ピストンの下死点は実測或いは図上でもストロークとコネクティングロッドの長さを利用して三角法で算出することが可能であるが、このようにして算出された絶対的な総排気量は上記の理由により、必ずしも動的圧縮比の計算に準用出来るものとは限らない。動的圧縮比を算出するためには吸気バルブが閉じた時のピストンの位置を起点に総排気量を算出しなければならない。 例えば、冒頭の計算例で用いられた「シリンダーが900 cc、燃焼室が100 ccの容積を持ち、なおかつ平坦なピストントップのピストンを用いていて、ピストンが下死点にある時に内燃室全体が1000 ccの容積を持つ単気筒エンジン」を例に取ると、静的圧縮比は 10 : 1 となるが、仮にこのエンジンの吸気バルブのバルブタイミングが、ピストンが上昇してシリンダー容積が650 ccになった位置で全閉すると仮定した場合、動的圧縮比は 750 : 100 = 7.5 : 1 となる。 同様のことが静的圧縮比の上死点圧力計算で用いられる比熱比の値にも言える。通常は空気の比熱比である1.4が用いられるが、この数値は高熱且つ排気ガスや混合気が複雑に混じり合う内燃室内部の状況については考慮されていない。そのため、動的圧縮比の計算においてはメタン混合物の値である1.3かあるいはそれよりも低い1.2という値が用いられる。 例えば静的圧縮比が 10 : 1、上記のようなピストン位置補正を行って動的圧縮比が 7.5 : 1 と算出されたエンジンがあると仮定すると、前述のプレイグニッションが発生する圧縮圧力を見積もる公式は以下のようになる。 D p = D p 0 ⋅ D C r γ {\displaystyle D_{p}=D_{p_{0}}\cdot DC_{r}^{\gamma }} Dp0 には大気圧である1バール(14.5 psi若しくは海面大気圧の14.7 psi)ではなく、13.7 psi(約0.945バール)という値を用いることが望ましいとされている。γについても1.3もしくは1.2が用いられるため、実際に動いているエンジンのプレイグニッションに至る上死点圧力は、想定される最悪の条件を考慮して計算すると下記の通りとなる。 D p T D C = ( 0.945 b a r ) × 7.5 1.2 = 10.6 b a r ( = 10.6 k g f / c m 2 ) {\displaystyle D_{p_{TDC}}=(0.945\,\mathrm {bar} )\times 7.5^{1.2}=10.6\,\mathrm {bar} \;(=10.6\,\mathrm {kgf/cm^{2}} )} こうした計算の結果、エンジン設計で用いられる規定圧縮圧力は高くても10バール前後が安全であると見積もられるのである。
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