ベストセラーによる知名度の向上とは? わかりやすく解説

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ベストセラーによる知名度の向上

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/26 04:42 UTC 版)

ジーン・ディクソン」の記事における「ベストセラーによる知名度の向上」の解説

ディクソン占い予言に関する著書を何冊も発表したが、彼女の予言有名にしたのは、友人作家ルース・シック・モンゴメリーの著書予言賜物 - 驚異ジーン・ディクソン』(1965年)である。この本は300売れたといい、ディクソン自身自分知名度高めた要因として、ケネディ暗殺予言公表したこととこの本の存在挙げていた。この本では、前述のように彼女が敬虔なカトリック信徒であることが表明されており、その予言能力が神から賜ったのであるとされている。前述ルーズベルトの件をはじめ、マハトマ・ガンジーダグ・ハマーショルドマリリン・モンローなど、ディクソン鮮やかに的中したとされる死の予言多くはこの本に掲載されているものだが、それらはいずれ著書刊行前に成就したものばかりで、事後予言にすぎないことが指摘されている。 もうひとつジャーナリストのレニ・ノーバーゲンとの共著ということになっており、自伝位置づけられることもある著書『私の人生予言』(1969年)もミリオンセラーとなった。もっとも、この本に関しては、彼女の没原稿書き直して出版したというアデル・フレッチャー (Adele Fletcher) に訴訟起こされフレッチャーにも印税の5%を支払うよう裁判命じられた。 モンゴメリー著書契機知名度上がったディクソンは、ギャラップ調査で「アメリカで最も賞賛される女性」の11になったことがある。なお、ディクソンモンゴメリー対し占星術手間掛かるからやらないという趣旨発言をしていた。ただし、のちの著書には星占い主題とする複数著書含まれている(後述著書一覧参照)。ディクソン自身によれば著名になるに従って、彼女のもとには世界中から相談の手紙が舞い込んだといい、それらに対して返事をしきれないことの埋め合わせとして、新聞などの星占い担当するようになったという。彼女は自伝公刊した1969年時点アメリカ国内300上の新聞自分星占い掲載されていると主張しており、のちには世界各地新聞にもジーン・ディクソン名義星占い掲載された。ただし、それらは名義だけ貸して執筆別人担当するというゴーストライターの手法で書かれたものもあったとされている。 ディクソン前述のように自身予言を神からの賜りものだと位置付けており、競馬予想などの金儲けの手段には使わない主張していた。しかし、友人たち誘い断りきれなかった時には友人たち出走していることさえ認識していなかった未勝利の馬に手持ちの金を全て賭け見事に大当たりしたことがあったと、自伝の中で述べている。そのときにも、当たった大金私利私欲には使わず恵まれない子どもの就学支援にあてたという。 ディクソン1964年に『児童援助基金』という、恵まれない子どもの教育支援する財団法人発足させており、自分予言得た収入はこの基金回される主張していた。この名誉会長就任したのがFBI長官務めたことがあるジョン・エドガー・フーヴァーである。ディクソンはしばし学生運動公民権運動盛り上がる背後には、ソ連大規模な暗躍があるという陰謀論主張を行うことがあったが、これはFBI意向受けていたからだという指摘もある。なお、『児童援助基金』の活動について1970年代になってワシントニアン英語版)』誌が批判的な記事掲載し45ドル以上集まった寄付金のうち、実際に慈善活動回ったのは5分の1満たない指摘したディクソンはこれに対して1億ドル上の名誉毀損訴訟などもちらつかせつつ抗議し実際に700ドル支払い求め訴訟起こしたが、棄却された。 ディクソン自身によれば有名になる従い、彼女が言ってもいない予言一人歩きすることもあったという。たとえば、 ビートルズ飛行機墜落事故遭う1964年ピアスをつけた少女だけが1979年奇病かかってみんな死ぬ(1967年火星人襲来して未成年者たちを略取する1967年近くカリフォルニア大地震で沈む(1969年) などである(括弧内は話題になった年)。これらはいずれも彼女自身は何も言っていなかったのに、ディクソン予言したという触込み広まってしまったといい、カリフォルニア地震ケース至っては、騒ぎ沈静化するために記者会見まで開いたという。 彼女の予言信じ有力者もいた。リチャード・ニクソン彼の秘書ローズ・メアリー・ウッズ(英語版)を通じてディクソン助言に従っていたとされ、少なくとも1971年一度大統領執務室で彼女と面会した1972年にはミュンヘンオリンピック事件受けてアメリカでテロ起きるというディクソン予言受けてニクソンテロ対策特別委員会 (cabinet committee) を組織した。また彼女は、ジョーン・キグリー(英語版)などとともにロナルド・レーガン大統領だった時に、その妻ナンシー・レーガン助言していた占星術師一人だったという。

※この「ベストセラーによる知名度の向上」の解説は、「ジーン・ディクソン」の解説の一部です。
「ベストセラーによる知名度の向上」を含む「ジーン・ディクソン」の記事については、「ジーン・ディクソン」の概要を参照ください。

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