フェラーリへ
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「ルカ・ディ・モンテゼーモロ」の記事における「フェラーリへ」の解説
ローマ大学卒業後に弁護士を目指しアメリカのコロンビア大学に留学した後、1973年にエンツォ・フェラーリの招きで当時成績不振に陥っていたF1のスクーデリア・フェラーリのマネージャーとして加わる。その後チーム内の再編を行い、1975年にニキ・ラウダがドライバーズチャンピオンを獲得するなどチームを立て直す。1977年まで同職を務めた後、フェラーリの親会社であるフィアットの役員に就任する。
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フェラーリへ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/10/03 02:57 UTC 版)
1996年、現役チャンピオンのミハエル・シューマッハがフェラーリへ移籍し、そのチームメイトを誰が務めるのか注目される中でアーバインに白羽の矢がたった。ジョーダンとは残留契約がまとまっていたが、金銭トレードの形で名門に迎え入れられることになった。 開幕戦のオーストラリアGPでは予選でいきなりシューマッハより上位につけ、決勝でも3位表彰台を獲得したが、結局開幕戦がこの年の決勝最高成績となった。移籍初年度はマシンの信頼性に苦しみ、レース中のアクシデントも重なったことで、第7戦スペインGPから第14戦イタリアGPまで7戦連続でリタイヤするなど、全16戦中10度のリタイヤを喫した。さらにテストも満足にさせてもらえなかった。この年は4度の入賞で11ポイントを獲得し、ランキングは10位となった。 1997年、この年以降はテストやセッティングに関しても望むものを得られた。第3戦アルゼンチンGPでは自身最高成績となる2位表彰台を獲得し、第4戦サンマリノGP、第5戦モナコGPでも3位となり3戦連続で表彰台を獲得した。第16戦日本GPではシューマッハとジャック・ヴィルヌーヴのチャンピオン争いにおいて、勝手知ったる鈴鹿の特長を生かしてヴィルヌーヴを牽制する汚れ役をこなし、その仕事師ぶりから「ベスト・セカンドドライバー」と称された。この年は6度の入賞(そのうち5度の表彰台)を記録し24ポイントを獲得、ランキング7位となった。 1998年には、第3戦アルゼンチンGPから第9戦イギリスGPまでの7戦中6度の表彰台を獲得した。そのうち第8戦フランスGPでは優勝したシューマッハに続いて2位表彰台となり、フェラーリとしては8年ぶりの1-2フィニッシュに貢献した。この年は16戦中11度の入賞、そのうち8度の表彰台を記録し、47ポイントを獲得、ランキング4位となった。 1999年には開幕戦オーストラリアGPでF1初優勝を遂げたが、立場的にナンバー2扱いは変わらなかった。しかし、第8戦イギリスGPのクラッシュでシューマッハが骨折し長期欠場に追い込まれると、代役エースとしてチームの全面サポートを受けることになった。マクラーレン勢の失速やシューマッハの代役ミカ・サロのアシストにも助けられ、続く第9戦オーストリアGP、第10戦ドイツGPを連勝してポイントリーダーに浮上し、マクラーレンのミカ・ハッキネンとデビッド・クルサード、ジョーダンのハインツ=ハラルド・フレンツェンと4つ巴のチャンピオン争いを演じた。ヨーロッパGPではタイヤ交換でピットにタイヤが用意されていないというドタバタを演じるが、第15戦マレーシアGPでは復帰したシューマッハのアシストでシーズン4勝目を挙げ、ハッキネンを4点リードして最終戦日本GPを迎えた。しかし、予選でクラッシュし結果は5位、決勝も3位に終わり、優勝したハッキネンにポイントで逆転されランキング2位に終わった。フェラーリの16年ぶりとなるコンストラクターズチャンピオン獲得に大きく貢献したが、このシーズン限りでチームを去ることになった。 アーバインはF1キャリアの中で一度もポールポジションを獲得したことがなく、1999年はポールポジション獲得経験の無いチャンピオンが誕生しかけたシーズンでもあった。また、1999年シーズンにアーバインが上げた4勝のうち2勝はチームメイトから譲られた勝利であり、ドイツGPでチームオーダーを受けてくれたミカ・サロには感謝の印として優勝トロフィーを贈っている。
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