スピン-スピンカップリング
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/03/09 07:20 UTC 版)
「プロトン核磁気共鳴」の記事における「スピン-スピンカップリング」の解説
化学シフトに加え、NMRスペクトルから得られる構造決定に役立つ情報としてスピン-スピンカップリングがある。原子核はそれ自身が小さな磁場を持っているから、それらがお互いに影響しあってエネルギーが変化し、近接する原子核の周波数が共鳴し合うようになる。この現象はスピン-スピンカップリング(スピン-スピン結合)と呼ばれる。NMRで最も重要なカップリングはスカラーカップリングである。この相互作用は化学結合を通して起こり、多くの場合影響しあう原子は結合3本以内で結ばれている。 スカラーカップリングの効果は化学シフト1 ppmにピークを持つプロトンの実験によって理解することができる。このプロトンは他のプロトンまで3つ結合を挟んでいる仮想的な分子(例:CH-CHグループ)のプロトンで、近接するグループ(の磁場)が1 ppmのピークを2つに分裂させ、1つは1 ppmのピークよりやや高い周波数、もう1つは、高い方と同じ数だけ、1 ppmのピークより低い周波数を示す。これらのピークは以前は単一だったピークである。分裂の程度を表す数値(ピーク間の周波数差)がカップリング定数である。典型的なカップリング定数は7 Hzである。 このカップリング定数は、水素原子に近接する原子の磁場によって決まるため、NMRがかけている磁場の強さとは独立である。 ゆえに単位は化学シフトppmではなく周波数Hzで表す。 なお、プロトンが2.5 ppmで共鳴する分子においても1 ppmのところでピークの分裂が見られる。分裂幅が同じプロトンは相互作用の大きさが等しいため同じカップリング定数7 Hzを示す。スペクトルには2つの信号があり、それぞれが二重線(doublet)になっている。それぞれの二重線は環境が同じ1つのプロトンによって生じているため面積が等しい。 1 ppmと2.5 ppmの2つの二重線を示す仮想的な分子CH-CHをCH2-CHに置き換えると、以下のようになる。 1 ppmのところに出るCH2のピークの面積は2.5 ppmのところに出るCHのピークの面積の2倍になる。 CH2のピークはCHによって2つに分裂し、1つは1 ppm + 3.5 Hzのところに、もう1つは1 ppm - 3.5 Hzのところに出る。(全体のカップリング定数は7 Hz) 結果的に2.5 ppmのところに現れるCHのピークは、 CH2のそれぞれのプロトンのピークの分裂に比べて差が2倍になる。2.5ppmのところに1本だけピークを持っていた最初のプロトンは、強度の等しい2つのピークに分裂し、2.5 ppm + 3.5 Hzのところと2.5 ppm - 3.5 Hz—のところにピークが現れる。これらは2個めのプロトンによってもう一度分裂し、今度は周波数がそれぞれ変わる。 The 2.5 ppm + 3.5 Hz のところにあった信号は2.5 ppm + 7 Hz のところと 2.5 ppmのところに出るようになる。 The 2.5 ppm − 3.5 Hz のところにあった信号は 2.5 ppm のところと 2.5 ppm − 7 Hzのところに出るようになる。 したがって本来は4本の強度が等しいピークが出るはずだが、実際は3本しか出ない。4本のピークのうち1つが2.5 ppm + 7 Hzのところに、2つが2.5 ppmのところに、最後の1つが2.5 ppm − 7 Hzのところに出るため、ピークの高さの比は1:2:1となる。これは三重線(triplet)として知られ、プロトンがCH2基から3結合を挟んだところにあることを示している。 これは任意のCHnグループについて当てはめることができる。CH2-CHグループがCH3-CH2に変わっても化学シフトは変わらず、カップリング定数が理想的であるならば次のような変化が起こると予想される。 CH3のピークとCH2のピークの相対的な面積比は3:2になる。 CH3の信号は2つのプロトンとカップリングし、1ppmの付近に1:2:1の三重線(triplet)を描く。 CH2の信号は3つのプロトンとカップリングする。 3つのプロトンと理想的にカップリングしてピークが分裂すると四重線(quartet)になり、強度比が1:3:3:1になる。 n個の理想プロトンとカップリングしてピークが分裂した際の強度比はパスカルの三角形と同じ形になる。 n名前分裂ピークの強度比0 単一線(singlet) 1 1 二重線(doublet) 1 1 2 三重線(triplet) 1 2 1 3 四重線(quartet) 1 3 3 1 4 五重線(quintet) 1 4 6 4 1 5 六重線(sextet) 1 5 10 10 5 1 6 七重線(septet) 1 6 15 20 15 6 1 7 八重線(octet) 1 7 21 35 35 21 7 1 8 九重線(nonet) 1 8 28 56 70 56 28 8 1 n個のプロトンがカップリングするとn+1個のピークが観察されるから、この法則は"n+1則"と呼ばれる。n個のプロトンの周辺にあるプロトンはn+1本のピークの集団として観察される。 そのほかの例としてイソブタン(CH3)3CHを挙げる。CH基は3つの理想的なメチル基に結合し、この基の周囲には合わせて9つのプロトンが存在する。このC-Hプロトンのピークはn+1則に従えば10本に分裂するはずである。下にいくつかの多重線を示すNMR信号を載せる。九重線の最も強度が小さいピークはその次に強度が小さいピークの1/8しかなく、七重線とほとんど見た目が変わらないことに注意されたい。 ある1つのプロトンが2つの異なるプロトンにカップリングすると、カップリング定数が変化し、三重線ではなく二重線の二重線 (doublet of doublets) が観察される。同様に、1つのプロトンが等価な他の複数のプロトンとカップリングし、そのカップリング定数が小さかったとすると、二重線の三重線(triplet of doublets)が観察される。下に示す例では、三重線のカップリング定数が二重線のそれに比べて大きい。慣例的に最大のカップリング定数をもつ結合が最初に示され、以降分裂パターンがカップリング定数の大きい順に並べて示される。日本語の場合ofの前後で順序が逆転するのでこの順番も入れ替わる。下の場合三重線の四重線ではなく四重線の三重線(triplet of quartets)と表記するのが正しい。そのような(ここに示されているよりももっと複雑な)多重線の解析によって分子の構造についての重要な手がかりが得られる。 NMRの信号のスピン-スピン分裂について上記のような単純なルールが適用できるのはカップリングする相手の化学シフトがカップリング定数に比べ充分大きい場合のみである。そうでない場合はピークの数が増え、それぞれの強度も変化する(二次効果)。
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